教師の過剰労働をなくすために1 削減できるものは何か

 働き方改革なるものが進んでいるようで、そのなかの重要なひとつが、「超過勤務」の削減である。しかし、学校教育の中では、そうしたことは、掛け声はともかく、実質的には進みようがない。現在の公立小中学校は、ほんとうに危機的状況にあると思う。
 今日、「餃子の王将」に関する記事で、次のような社長の言葉が引用されていた。

「『企業は人なり』って簡単に言うけど、そんな生やさしいもんじゃないですよ。社員は企業の命ですよ。社員が疲弊したら、いつか会社は悪くなってしまう。わたしは社長になって、もっとも大事なのは社員の皆さんだと思いました。それもあって、店で餃子を巻くのをやめたんです」1

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教育学1 ノートをとること

いよいよ新学期の講義が始まるので、講義用のテキスト補充の文章をここにアップしていきます。   

1 長く学生に接してきて、学生たちの学び方に、顕著な変化があることを感じている。一言でいうと、学び方が段々受動的になってきているのである。アクティブラーニングという言葉が普及してきて、学生たちが積極的に講義に参加しないのは、大学の教育のあり方に問題があるという意識が、社会的に広まっている。しかし、私は、新人の時代からずっと、大教室での授業でも、積極的に発言を求め、討論が行われるような授業をしてきた。だから、基本的にはアクティブラーニング的な講義をしてきたつもりである。しかし、そうした発言などの積極性が低下してきただけではなく、もっと基本的なレベルの消極性である。
 大学が冬の時代を迎え、大学にはいることが、以前に比べて格段に易しくなった。そして、学力入試の割合が減少し、推薦などの学力テストを伴わない入試部分が増大してくるなかで、従来のような受験勉強をしなくても、特に大学を選ばなければ、はいりやすくなっているわけである。それで、「勉強」という行為そのものに、あまり熱心ではなくなったのかとも考えられる。しかし、それだけではないようだ。
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音楽の国際化5 録音とネット

 グッドールは、「音楽を変えた5大発明」の最後に「録音」をあげていたが、当然、映像も重要な要素である。音楽そのものの想像に、楽譜の発明が甚大な影響を及ぼしたことは、既に述べたが、録音技術の発展、そしてインターネットの発達が、楽譜発明時とはまったく逆の方向で、作曲に大きな変化をもたらしたといえる。

 かつては、音楽を鑑賞するには、演奏の場にいなければ不可能であった。それでは、特定の音楽が広まるには、限界がある。印刷術が発明され、普及する前は、楽譜があったとしても、作曲された音楽は、作曲家が活動している範囲を大きく超えて鑑賞されることは稀であったし、また、作曲家が死んでしまうと、一部の人間以外には、その音楽を知ることが難しくなった。バッハが、死後忘れられた作曲家となったとよくいわれるのは、そのためである。しかし、音楽の専門家たちにとっては、バッハは決して忘れ去られることはなかったのであり、モーツァルトもベートーヴェンも、作曲を学ぶときには、バッハの音楽を熱心に研究したのである。しかし、それは、バッハの書いた楽譜や、誰かが写譜したものを、誰かが所有していて、それを見ることができたときに、可能だっただけである。
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道徳教育ノート 二匹の蛙3

 新美南吉の「二匹の蛙」の実践記録は、当初思ったよりも少なかった。テキストは、「二匹の蛙1」を見ていただきたいが、(また青空文庫で読むことができる)国語教材として扱われ、道徳教材にはなっていないようだ。しかし、私は、話としては単純で、「ごんぎつね」ような複雑さはないために、むしろ、道徳教育の教材としては、かなり明確なポイントがあるために、やりがいがあるものだと考える。道徳の教科書に掲載されているかは、全部チェックするわけにはいかないが、採択してほしい作品だ。
 当初、黄色と緑色の蛙が、それぞれ互いに相手を汚いやつだと罵り合って喧嘩になる。冬眠したあとでてきて、すぐに喧嘩がはじまりそうになるが、土の中から出てきたばかりなので、体を洗ってからにしようということになり、体が洗われると、きれいな色に見え、仲直りしたという、極めて単純な筋である。
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ALC貝塚学院閉鎖さわぎ 認可制度と自己責任

  3月28日のニュースは、ALC貝塚学院の閉鎖問題を大きく取り上げていた。午前中は、「閉鎖」だったが、夕方になると、「閉鎖しなくてもすむ可能性」が出てきたようなこともいわれていた。今日もまた、このニュースでワイドショーは賑わうかも知れない。
 無認可幼稚園という言い方をニュースではしていたが、ホームページを見てみると、ふたつの組織があって、それが融合して機能しているように思われる。ひとつが、ALC貝塚学院(以下「学院」)で、幼稚園のような組織になっているが、ホームページには、一般の幼稚園ではないことが断ってある。もうひとつが、ALCアルファウィング(以下「ウィング」)というもので、建物は別で、こちらは、英語、水泳、体操、バレエ、フィットネスに分かれており、更に学童の機能をもたせている。(フィットネスは、よく見るとチアダンスのようだ。)
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広島呉市のいじめ 形式主義の対策が解決を遅らせる

 毎日新聞3.26に、いじめ放置という記事が出た。自殺などの最悪の事態になったということではなく、卒業して高校生活への期待をもっているということのようだ。しかし中学3年間、いじめ被害を訴えたにもかかわらず、適切な対応をされなかったという記事の内容である。いろいろ考えるさせられるところがあるので、それらを整理しておきたい。

 記事のなかで、経緯が年表風に整理されている。
2016夏 同級生から服を破られるなどのいじめがはじまる
2017.11 3回教室で服と下着を脱がされる
     保護者が学校と市教委に連絡。学校が加害生徒に聞き取り
2018.4 学校が保護者に「グループ内の罰ゲーム」と説明。一時不登校
   6 不安障害と睡眠障害と診断。休みがち
   11 市教委が保護者に「重大事態として再検討」と連絡
2019.2 市教委が保護者に「重大事態として第三者委員会を設置したい」と連絡

 以上が、毎日新聞が整理した経緯である。
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ピエール瀧出演の作品放映問題


 臨時の投稿になるが、ピエール瀧の出演の映画が、東映によって上映が決まったということで、話題になっているようだ。私自身は、ピエール瀧という人にあまり関心がないので、そのこと自体はどうでもいいのだか、これまでは、たいてい犯罪容疑者となる人がでると、その出演作品は、没になることが多かった。
 今回でも、中止になる放送中の番組が8あり、過去に出演したのが、51あるそうだ。https://ccccclub.net/c/pierretaki/
 再放送がされなくなる等のことはあるだろうし、DVDなどの販売が中止になることもあるだろう。
 ウェブ情報は以下のように伝えている。

 東映は20日、麻薬取締法違反(使用)容疑で逮捕されたミュージシャンで俳優のピエール瀧(本名・瀧正則)容疑者(51)が出演している映画「麻雀放浪記2020」について、当初の予定通り4月5日から劇場公開すると発表した。場面のカット、再編集はせず、本編開始前にテロップ(字幕)で瀧容疑者が出演していることを明示し、劇場に掲出するポスターに同様の文言を掲載するという。
http://penguinsokuhou9.blog.jp/archives/17060637.html

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「相棒」3 辞書の神様 神様ならもっと敬意を

 以前は「相棒」の熱心な視聴者だったし、講義でよく触れたものだ。考えさせる内容が豊富だったのだ。しかし、最近は特に台本の質が落ちて面白くなくなったので、ほとんど見なくなっていた。久しぶりに、見ようと思い、録画した今シリーズ第3回「辞書の神様」をみたが、不快になった。ドラマに何を求めるかは、人それぞれだと思うが、この手のドラマ作りが「相棒」には多くなっているので、どうしても気になった。

 あらすじを簡単に整理しておく。
 公園で文礼堂の編集者中西が殺害されているのが発見される。
 文礼堂には普通の「文礼堂国語辞典」と大鷹公介単独編纂の「千言万辞」がある。後者は読物的な辞書で、右京もファンである。右京が、編集部の和田部長を訪れて、質問すると、和田は、「千言万辞」は売れないからやめようと担当の中西にいうと、中西は、大鷹を交代させるべく話しにいくといって出かけた、と語る。大鷹の弟子だった国島が公園の近くの防犯カメラに写っていたことで疑われ、取り調べられる。しかも、凶器と同じペーパーナイフを所持していた。国島は殺人を認める。
 それらに不自然さを感じた右京と冠城は、大鷹用の細かい動作指示のメモから、アルツハイマーを疑う。
 大鷹が自首してくるが、取り乱すので入院させる。右京は、完成間近といれわる「千言万辞」のゲラを見て、文礼堂部長の和田が、「千言万辞」に不快感をもっていることを感じ、廃刊したい和田と、国島に交代させて存続させたい中西の対立があり、和田が犯人であることを確信し、問い詰めると認める。
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女性宮家だけではなく、女性天皇の容認が憲法上正しい

 メディアで、女性宮家問題について扱われている。国会での議論を踏まえているが、しかし、議論の仕方そのものが疑問である。
 昨日テレビで、ある皇室ジャーナリストと称する高齢の人がコメンテーターとして出演して、解説していたが、そのなかに、憲法は男系の天皇を規定しているので、女性宮家を創設するにも憲法改正が必要だ、と受け取れるような発言をしていたと思う。テレビでの発言なので、絶対にそのように言ったかは自信がないが、憲法問題だとはいっていたので、とりあえず、そういう議論があるという受け取りで、以下考えるところを述べたい。

 女性宮家を創設するためには、憲法改正する必要があるという憲法条文は第二条だと説明されていた。
 第二条  皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範 の定めるところにより、これを継承する。
 ここでいう「世襲」とは、男系の世襲を意味するということだろうが、「世襲」ということの常識的意味として、男系と限定されることはないはずである。
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音楽の国際化4 楽器の改良

 ハワード・グッドールの説では、次は「ピアノ」であるが、私は、もっと拡大して「楽器」としておきたい。
 音階・音律は、現在平均律を中心として、必要に応じて純正律や他の古典音律が使われているわけだが、平均律に向かっていく動因となったのは、ピアノに至る鍵盤楽器の発展だった。鍵盤楽器は、最初、絃をはじいて音を出すチェンバロからはじまり、その後叩いて音を出すクラヴィコードが生まれ、音を叩いて音を出す、強弱の幅をひろげる、消す、のばす、音質をソフトにする等のメカニズムが様々に改良されて、現在のピアノに発展していくことになる。
ピアノの誕生と発展
 たくさんの絃をはじいて出す楽器としては、ギターやハープがあったが、16部音符の早いパッセージを継続的に演奏すること、厚い和音を奏することが難しい。ギターは、極めて音が小さいという欠点もあった。そこで、ハープを横にして、手で直接はじくのではなく、はじく器具を取り付け、鍵盤でその器具を操作するようにしたのが、チェンバロであった。チェンバロは、別名ハープシコードということでもわかる。鍵盤にすることによって、10本の指を自由に使うことができ、速い動きを正確に演奏できるようになり、また、たくさんの音による和音も可能となった。ハープというと、非常にたくさんの音を早く弾くのが容易ではないか、と思う人がいるかも知れないが、それは、19世紀後半になって、ペダルをつけることによって可能になったグリッサンドの演奏技法で、ヘンデルやモーツァルトの時代にはなかったのである。ヘンデルやモーツァルトのハープのための曲は、チェンバロやピアノで弾くような速いパッセージは出てこない。
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