この問題については何度か書いたので、躊躇したが、自民党の幹部が女系天皇を容認する発言をしたこと、自民党内で波紋があったこと、そして、産経新聞が容認論への批判(「危うい自民幹部の『女系』容認論 先人たちの知恵に学べ」11.30)を掲載したことで、再度書いてみることにした。
男系男子死守論者という言い方があるかどうかわからないが、そう名付けたくなるひとたちの議論の荒唐無稽さと、それを臆面もなく書く神経には、むしろ感心してしまう。要は、女系論は、皇室のあり方に対するまったくの理解不足によるものであり、父系で継続してきたことが、かけがえのないことなのだという趣旨につきるといっていいだろう。
しかし、それを裏付ける議論は、本気なのかと思ってしまう部分がある。例えば、次のような文章だ。
「令和元年は皇紀2679年だ。その間、居住面積が狭小な島国で暮らしてきたわれわれ日本人は、先祖をたどれば必ず、どこかで天皇家の血と混ざり合っている-と考えるのが自然だろう。 “女系天皇容認の自民幹部に対する産経の反論” の続きを読む