読書ノート 妻を帽子と間違えた男2

 優れた声楽家のpが、見え方が変になって、眼科医で診察をうけたところ目に異常はないと診断され、「脳の視覚系に異常があるようだから」というので、オリバー・サックスのところにやってきた。人間性も豊かなpに、特におかしな点を感じなかったが、違和感をもったのは、相手を見る目が普通ではなく、顔をみても顔を把握していない感じで、むしろ聞き耳をたてているようだった。そこで、通常の検査をいくつかする。靴を脱がせて腱反射のチェックをしたあと、靴を履くようにようにいっても履かない。足と靴の区別がつかなくなっていて、どうしたらいいかわからないのである。自分の足をみて、「これ私の靴ですよね。」といったりする。サックスには初めての経験だったそうだ。写真などを見せていると、写真を全体として見るのではなく、細部のみ見ている。そして、帰るときに、帽子を探しているような仕種で、妻の頭を持って、かぶろうという動作をする。ここが、「妻を帽子と間違えた男」の題名になっている場面である。

 まず、最初に起きた奇妙なことを確認しておこう。
 pは優れた音楽家として認められていて、音楽学校の教師をしている。そこで、
・生徒が前にいても気付かない。
・顔を見ても誰かがわからないが、声を聞くとわかる。
・相手がいないのに、いるかの如くふるまう。
・町で消火栓などを、まるで子どもの頭のようにポンとたたく。
・家具のノブの彫り物に向かって話しかける。

 みなさんはどう思うだろうか。
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読書ノート 『妻を帽子と間違えた男』1

 作者のオリバー・サックスは残念なことに亡くなってしまったが、その著作は、どれも本当に興味深い。映画の『レナードの朝』の原作者としても有名だが、手話に関する著作も非常に驚いた。これもそのうちに取り上げたい。ただ、なんといっても、サックスの著作の中では、『妻を帽子と間違えた男』が有名であり、かつ面白い。著者は、脳神経医であるから、脳の異常によって生じる様々な症例を紹介しているのだが、おそらく一般の人が日常的に接するようなことはほとんどないと思われる。だから興味本位に読むことも可能であるが、実は、よく考えてみると、正常と異常の境界線は、ほとんどの場合あいまいだろう。多くの人が経験する視力の低下は、第一部で扱われている「喪失」の一種だと思われるが、ある時突然「近視」になるわけではない。視力検査などは、一年に一度程度しかやらないから、そういうときに、数値で示されると、ある時視力が低下したと認識するが、しかし、それはまったく気付かないほどの程度で進行していたのである。視力は低下しても、眼鏡やコンタクトレンズなどの補強ツールがあるから、特別に問題とならないが、人間が脳を使って行う膨大な作業の多くは、補強ツールなどない。だから、元々なかったり、あるいは徐々に「喪失」が進行していても、なかなか気付くことがなく、その程度が激しくなったときに異常を感じ、医者に行くことになる。

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林壮一 『アメリカ下層教育現場』 光文社を読む

 著者はボクシングを中心とするライターであるが、たまたま最底辺層の高校生のためのチャータースクールに、非常勤講師として日本文化を教える経験をする。本書はその体験記と、その後かかわったボランティアの経験から、アメリカの下層の教育現場を考察した書物である。

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