イギリスのドキュメントで「世界一豪華な刑務所」というのを見た。非常に面白かった。国内の刑務所を100カ所以上見たという、イギリス人のジャーリストが、ノルウェーにあるハルデン刑務所を取材に訪れ、3日間丁寧な取材をするというものだ。当初は、刑務所とは犯罪者を罰して、懲らしめるための場なので、厳重に管理し、自由を剥奪して、二度と犯罪をしないという決意を固めさせるようなものでなければならない、という信念をもっていた。そして、ハルデン刑務所を見学し、説明を受け、かつ囚人たちと話し合うなかで、信念を捨てたわけではないようだが、考えなおす必要を感じている。私自身、刑務所を実際に見たことはないのだが、矯正機関であるから、興味をもって調べてはいる。オランダに滞在したときに、シリーズの刑務所ドキュメントがあったので、録画してきたし、また、デンマークにいったときには、刑務所に関する質問を市民にしてみた。スウェーデンの刑務所に関しては、大宅映子氏によるドキュメントがあった。
まずは、この映像で、彼女が驚いたことを列挙しておこう。
・刑務所につきものといえる鉄格子がほとんどない。囚人のいる場は、もちろん厳重に管理されているが、行動はかなり自由である。
・囚人の住む部屋は、普通のアパートのようで、バスルームやテレビがある。
・労働に従事しているが、種々の資格がとれるようになっており、例えば自動車整備などをしながら資格をとることができ、設備はプロ仕様のものである。
・スーパーマーケットがあって買い物ができる。 自分で食材を買って料理が可能。
・家族や恋人と会える部屋が用意されており、そこでまったく干渉なく過ごすことができる。 コンドームも用意されている。
・許可が必要だが、数時間外出も可能。
このなかのいくつかは、北欧共通だ。外にでること可能であり、家族と会って一緒に過ごすことが認められていること(頻度や時間が制限され、許可が必要であるので、市民と同様な自由ではない)は、北欧刑務所の特徴となっている。いわゆる開放制である。日本人の多くは認識していないのだが、実は日本の刑務所も少しずつ開放制に向かっている。
ところが、このハルデン刑務所の特徴は、設備がとにかく豪華なことだ。囚人のなかで、他の刑務所に入るのが嫌で、拘留中に脱走して、みずから警察に電話、そして、ハルデン刑務所に入ることを条件に自首したという人が登場する。「警察と交渉したんですか?」とびっくりして質問していたが、当然のような表情で「そうだ」と言っていた。
何故、このような刑務所にするのか。それは、いずれすべての囚人が社会復帰するからである。社会復帰したあと、まっとうな市民生活を送るのか、再犯するのかは、社会の安全にとって大きな意味をもつ。一般社会とはまったく異なる抑圧的な環境におかれ、社会の慣習やルールとまったく無縁の生活をしていたら、社会に復帰したときに、適応できにくくなることは、容易に理解できる。だから、理論的にも、また経験的にも、刑務所では、可能な限り一般社会に近い生活を可能にして、それに慣らし、また仕事をする技術を身について出所させるのがよいことは、多くの人に受け入れられるだろう。
しかし、それを受け入れない市民感情のほうが普通だろう。罪を犯したのだから、罰として苦しい環境に置かれるべきだ、それが償いというものだ。もし、罰を受けている刑務所が快適な環境で、犯人がのびのびと生活しているとしたら、被害者はやりきれない。また、心の底では犯罪者などは、社会復帰してほしくない、そう思っている人が多いだろう。封建時代ならば、軽い犯罪でも死罪にしたし、あるいは遠島などの流罪にした。だから、犯罪者は、当該地域からはいなくなっていたのである。こうした感情が、日本では、裁判員制度の背景にあり、確実に刑罰が重くなっている。
だが、現在社会は、帰ることができないせかい地域に追放することは不可能である。先進国のほとんどは死刑を廃止しているし、ノルウェーには終身刑も存在しない。だから、全員が社会復帰する。
こうした社会復帰を前提にして、最大限矯正・更生させるための刑務所を試みたのは、おそらくスウェーデンである。その柱は開放制であり、できるだけ刑務所内の生活を、生活の場そのものを拘束している以外は、市民生活に近づけるというふたつである。
スウェーデンでは、刑務所の独房での精神状況について、長く研究してきたと言われるが、そうした研究を踏まえて、刑務所の改善をすることが、結局更生には有効であること、社会に復帰する以上、刑務所の生活を社会生活にできるだけ近づけることが求められると判断し、そのために、刑務所から、学校に通ったり、あるいはスポーツクラブの指導に出ることを許可するようになった。
もちろん、脱走もあるわけだが、1947年に個人識別番号、いわゆる国民総背番号の制度ができ、すべての国民を番号で識別できるようになったことが、脱獄囚を逮捕しやすい状況が作られ、開放制刑務所の改革が進むことになったと、私は考えている。
理想としては、非常に好ましいシステムであるように思われる。しかし、そうしたことの背景として、北欧は極端に人口の少ない地域で、労働力も不足している。したがって、スウェーデンなどは移民大国である。だから、囚人といえども、できるだけ安心できる労働者として社会復帰させることが必要であるという社会背景があるように、私には思われる。日本のように、人口が多い国では、同じような感覚になりにくい面があるだろう。
しかし、日本でも囚人のほとんどは社会復帰する。そのときに、社会に適応して、通常の社会生活を営めるようにすることが、社会の利益になることは間違いない。そういう意味では、ハルデン刑務所での職業訓練に比較して、日本の「懲役」における労働の内容が、社会復帰してから獲得できる職業訓練として、見劣りがするように感じるのである。韓国の刑務所では、IT関連が刑務所で人気だと言われたのは、ずいぶん前のことだ。日本はどうなっているのだろう。
一応法務省のホームページで確認しよう。
「受刑者等は,木工,印刷,洋裁,金属及び革工などの業種から,各人の適性等に応じた職種が指定されて就業します。」となっていて、懲役ということで行う仕事は、いかにも前時代的な手工が主になっている。そして、職業訓練については、「受刑者等の作業に関する訓令(法務大臣訓令)に基づき,総合訓練,集合訓練及び自庁訓練の三つの方法によって計画的に実施されており,平成29年度においては,溶接科,建設機械科,フォークリフト運転科,情報処理技術科,電気通信設備科,理容科,美容科,介護福祉科等48種目が実施されています。」(法務省ホームページより)となっている。職業訓練については、労働よりは多様性に飛んでいる。これらの訓練かどの程度効果をあげているかは、今後調べてみたいと思っている。