五十嵐顕考察6 五十嵐顕とは、どんな研究者だったのか

 五十嵐顕著作集の作業が始まった。私は、せっせと、著作のファイル化を進めている。スキャンしたファイルをOCRにかけて、読み取りミスを直していく作業だ。消耗な作業だが、熟読することだと思えば、特に苦痛ではなく、それなりに楽しんでやっている。
 そういうなかで、五十嵐顕という人物が、普通の東大教授のイメージとは、かなり違うひとであるという印象が強くなってきた。実は、私は五十嵐先生の指導生ではない。指導教官は、持田栄一教授だった。それは、大学院に進学したときには、ドイツの教育を研究するつもりだったので、ドイツ留学から帰国して、どんどん成果を発表していた持田教授のほうがよいと考えたからである。ただ、当時大学紛争の雰囲気が冷めやらない時期で、二人の教授は、極めて忙しく外の活動に邁進しており、また、五十嵐先生は、そのうち重い心臓疾患になってしまったので、院生が、親しく研究指導を受けるということはなかった。その時期でなくても、そういう雰囲気ではあったのだが。

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給特法の論議 教師の残業はどうすればよいのか

 給特法(「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」)をどうするかという議論が、再び活発になっている。
 給特法とは、公立学校の教師の給与の特例措置を決めたものだ。
・残業手当をださない代わりに、基本給の4%を支給する。
・残業を命じることができる事項を限定し、それ以外の残業を命ずることはできない。限定された残業とは
1.校外実習その他生徒の実習に関する業務
2.修学旅行その他学校の行事に関する業務
3.職員会議(設置者の定めるところにより学校に置かれるものをいう。)に関する業務
4.非常災害の場合、児童又は生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合その他やむを得ない場合に必要な業務
である。

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プロの音楽家を育成しない音大の行方

 上野学園大学の学生募集停止から、理事長がバッハの自筆楽譜を勝手に売ってしまったというニュースがあり、大学の衰退についての記事をいろいろと読んでいたら、「日本人は「音楽大学」凋落の深刻さをわかってない 弱まる経済を補完する文化基盤の構築をどうする」という記事にぶつかった。
 筆者は、名古屋芸術大学教授の大内孝夫氏だ。銀行員から芸術大学の教師になったということで、音楽が専門とは思われないが、音楽大学の凋落について、分析をしている。上の文章だけではなく、スポーツとの比較などをした文章もある。
 ただ、大内氏の見方とは、私は多少違うと感じた。大内氏は、音楽大学(芸術系)が衰退することは、経済全体にとってマイナスであるという視点から、音大の凋落に継承をならしており、また、高校までの音楽教育の衰退とも関連しているとしている。

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教育実習のトラブル

 「「教育実習の女子学生に教諭「俺ならクビ切る」「帰れ」と大声で叱責…涙ながらに会見」」(2023.3.8)
と題する読売新聞の記事がでた。URLをコピーしても、それが反映されないので、記事の主要部分を転載しておく。
 
読売新聞
 県教育委員会によると、21年10月11日~11月5日、保健体育の男性教諭が「帰れ」「俺ならクビを切る」「自己評価が高すぎる」などと大声で叱責(しっせき)したという。女子学生は発熱などに悩まされるようになり、実習後、心療内科に2週間通院した。
 家族からの訴えを受け、22年1月から男性教諭らに聞き取りを始め「一部言動で不適切な指導が確認された」として、ハラスメント行為と判断。聞き取りに対し男性教諭は「大声で厳しく言ったことはあるが、内容については覚えていない」と話したといい、同年3月末、自己都合で退職した。
 女子学生は「今でも教育実習のことを思い出す」と涙ながらに語った。学校側などには実習中の成績の再評価などを求めているという。県教委の長岡幹泰教育長は「教員の夢を諦めざるを得ない状況に追い込んでしまい大変残念に思う。今後は教育実習の適切な実施とハラスメントの再発防止に努める」とコメントした。(以上)
 
 かつて教育実習担当教員であったために、いろいろなことがあり、考えてみたいと思った。
 教育実習は、いろいろな課題があり、トラブルも起きやすい。また、不満がかなりあるのに、表面化しない場合もある。

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東京外大入試で数学必修にしたら応募者激減

 東京外国語大学が、入試科目として数学を必修にいれたら、案の定受験者数が激減したという。
「東京外大の入試「数学2科目」必須化という大英断!前期の志願者数は前年比74%に減少のインパクト
 前年比74%というのは、私は意外に多かったように思った。もっと減るのではないかと。早稲田の政経学部でも同様のことが起きたが、実は、私の所属していた大学でも、過去にそうしたことがあった。確かに大学での勉学に、数学が必要な領域だったので、受験科目として数学を必修にしたら、74%どころか、半減に近かったように思う。その学部は、新設間もない時期で、おそらく教員たちは学生指導に意欲的で、数学が必要であることは、教員全体のコンセンサスだったに違いない。しかし、他学部の教員は大丈夫なのか、絶対に受験生が相当減るはずだという危惧が支配した。案の定の結果だったから、すぐに数学必修は撤回されてしまった。理事会からの強い要望もあったようだ。私学にとっては、受験生と入学者の確保は、絶対的存立条件だから、いかに適切な方針でも、受験生に敬遠されることが確実なことは、なかなか実施できない。大きなジレンマだ。ja

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科学技術立国と博士課程問題

 科学技術立国としての日本の地位が低下していることが、しきりに言われるようになっている。あちこちで記事がでるが、本日(5日)に「「科学技術立国」生き残れるか テコ入れ急務の博士活用政策」と題する、かなり長文の論説がでた。
全体として、博士課程の充実と、博士たちの処遇の改善が、必要であるとするもので、現在の政策では、どんどん日本の地位が低下し続けると警鐘をならしている。
 全体としての主張に異論はないが、しかし、多少粗雑で、領域を区別しない議論には、違和感を感じてしまう。博士といっても、分野によって、その重みが違うし、また、取得する大学院によっても、実はかなりのレベルの差がある。それに、日本社会では、博士号をもっていることが就職の条件になっているところは、極めて少なく、理系の大学くらいではないだろうか。大学といっても、文系の場合、博士号取得を条件にしているところは、極めて少ないと思われる。実際に、文系の場合だが、博士号をもっていない優秀な研究者はたくさんいるし、博士号をもっていても、あまり高い能力を感じない研究者もいる。

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研究者になりたい学生への対応 神戸大学の処分から

 神戸大学のハラスメントによる懲戒処分の記事が複数あった。しかし、内容が多少異なり、かつ、複数の教師が対象になっているので、正確な事実関係がわからないが、不正確でも、そういうことが、もしあったのなら、という仮定でも十分に考える必要がある。
 
 まず、「「神戸大准教授、複数の学生に「お前みたいな成績悪いやつが」…別の准教授は職務放棄発言」」という読売新聞の記事だ。
 この記事では、ゼミに所属していた学生に、「私の能力では博士課程修了まで指導はできない」といって、学生が志望の変更を余儀なくされたとし、また、この学生に、「他の学生の成績を見せた」としている。この教師は4カ月の停職処分になったという。しかし、別の記事では、事実関係が異なって書かれている。

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チャットGPTを使ってみた 学校で利用できるか

 話題になっているチャットGPTが、羽鳥モーニングショーで取り上げられていて、なかなか興味深かったので、考えてみた。解説者によると、産業革命以来の大きな社会変革がもたらされるという。AIは確かにそのように言われていたが、いよいよその実感を伴う変動が置きつつあるということか。実際の感覚を掴むために、早速使ってみた。
 教育を専門にしてきた者としては、学校現場への影響がまず考えざるをえない。
 学校で生徒が利用するとしたら、調べ物をすることと、レポートを書くこと、更に、作文、特に英作文には活用できそうだが、問題は「調べる」「レポートを書くこと」についてだろう。
 「調べる」については、かなり精度が低いように感じた。以下は、桶狭間の闘いについて質問してみた回答である。最初の回答が明らかに間違っているので、その訂正を求めたのが後半である。

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五十嵐顕考察5  マルクス・エンゲルスの教育論1

 五十嵐顕氏の研究者としての業績の柱をまとめると
・マルクス主義教育論
・教育財政論
・民主教育論
・戦争体験と戦争反省
 今回は第一のマルクス主義教育論の理解と継承を考えてみたい。しかし、直接マルクスの教育論を分析した論文は比較的少ない。著書の『マルクス主義の教育思想』でも、マルクスとエンゲルスの教育思想を分析した文章は「序文」だけで、本文はレーニン、ルナチャルスキー、クララ・ツェトキンの思想とソビエトとドイツ共産党が扱われている。本書の出版が1977年であり、収録の論文はすべて1960年代と70年代のものだから、マルクス・エンゲルス、ツェトキン、レーニン、ルナチャルスキー、クルプスカヤ等が、同一の土壌の思想家として扱われていることは、時代的な背景があったといえる。しかし、今日再度こうした議論を検討する場合には、根本的に異なる「土壌」がある。つまり、ソ連を初めとする社会主義国が、ほぼすべて崩壊しているからである。ソ連崩壊後、社会主義者を名乗っていた人たちの多くが、引き続き社会主義思想を発展させる努力を継続していたようには思えない。そして、上記思想家は、発展プロセスにある一連の思想家として理解されていたが、現在では、スターリンほどではないにせよ、レーニンもかつての社会主義者からも批判の対象になっているし、相互の相違も、以前よりずっと強く意識されている。

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ITに反対の教師

 学校現場にIT化の波が押し寄せているが、それに対する批判的記事があった。
「紙の辞書なんてゴミ!」新聞、テレビが報じない教育現場DX化の残念すぎる実態。
【後編】「辞書なんてゴミ」「ババアは老害」定年間近の女教師を悩ませるIT化の怒涛。
 登場する教師は、高校の古典を教えていて、すべてノートは手書き、紙の辞書を活用する、等の伝統的な教育スタイルをとっているだけではなく、そうしない生徒を非難しているように感じられる。生徒全員に iPad が支給されるようになって、いかに混乱が起きているかを告発し、かつ、それを職場で訴えても、若い教師に一蹴されているという記事だ。更に、支給後いじめが頻発し、しかも加害者がほぼ全校生徒となったという告発がなされている。しかし、ある特定の生徒への誹謗文書が、簡単に全校生徒に配布されるのだろうか。もし、そうだとしたら、それは学校のネット運用に問題があるとしか思えない。

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