ウクライナ情勢あれこれ

 ウクライナ情勢がかなり動いている。
 最も大きいことは、5月頃からはじまったウクライナの反転攻勢が、次第に実を結びつつあることだろう。当初はなかなか進展せず、反転攻勢は失敗するのではないか、という観測もかなり流れていたが、そもそも、十分に備えに時間をかけることができたロシアだから、そう簡単にそれを破れるはずもなかったし、当初遅々として進まなかったのは当然だった。そして、もうひとつ流れている説は、当初米英が作戦を指導していたが、それが通常行う戦闘機が主導して、陸上の軍隊がそれに従って進んでいくという方式だったという。しかし、援助側は戦闘機を提供していないのだから、そんな作戦がうまくいくはずがなく、ウクライナはそれに見切りをつけて、ウクライナ側の方式によって闘い始めた。そして、それが困難をともないながらも、次第に成功しつつあるというのである。

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「鬼平犯科帳」がっかりする話3 敵

 「敵」は、主要な密偵の大滝の五郎蔵のお目見え話である。がっかりする話として紹介しているが、ミステリー的な話としてはよく出来ていて、とても面白い。あくまでも、長い「鬼平犯科帳」シリーズのなかに置かれたものとして、疑問点が多いという意味である。
 話は、岸井左馬之助が、友人の招待でいった越後・塩沢からの帰りの山道で、二人が激しく争っている場面に出くわす。大男の大滝の五郎蔵に若者が挑んでいる。若者(与吉)は、五郎蔵が父の敵だと信じ込まされて、敵討ちにやってきたのである。しかも、ふたりはどうやら盗賊だと左馬之助は察するのだが、若者が、「自分は盗賊改めの狗だ」と名乗る(これははったりで事実ではない)ので、見捨てることができず、若者が殺害され、五郎蔵が急いで江戸に出発する前の盗人宿にもどっていくのをつけ、番人と話し込む内容まで盗み聞きしてしまう。そして、翌日は、五郎蔵を見張り、江戸までもどって、逗留先をつきとめて、すぐに平蔵に報告する。

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日本人の労働の無駄?

 ロシアによるウクライナ侵略から日本に逃れてきたウクライナの女性のyoutubeをたまたま見た。そのなかで、興味をひかれた部分があった。日本にきて、1年半といっていたが、全編日本語で説明され、多少不自然なところがあったが、すべてきちんと意味が通じる言い方だった。1年半でこれだけマスターできるのだから、かなり頭のいいひとなのだろう。そういう彼女からみて、日本の企業での働き方に、不満があったという。不満というよりは、批判といったほうがいいかも知れない。
 それは、ウクライナ人は、今日しなければならない仕事を、一日の労働時間である8時間内に終わって、時間があまったら、翌日の仕事をする。しかし、日本人は、8時間内で終わるような仕事を、8時間に引き延ばして遂行する一方、残業はやたらと多いというのだ。
 一日の仕事を超えてするのだから、当然、一週間単位では、かなりの仕事量をこなすことになるのだが、その結果については、詳しい説明がなかったが、おそらく、それだけ賃金が余分に支給されることになるということなのだろう。ウクライナ人の合理的な働き方を説明していたから、決められた量以上の仕事をしても、賃金が同じであれば、合理的な働き方とはいえないからだ。

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危機回避は難しいのだろう

 スポンサーのジャニーズ事務所離れが急速に進んでいる。7日の会見をみて、この事態を予想した人たちは、少なくなかったと思われる。私自身は、予想よりはジャニーズ側が真面目な雰囲気をだそうと記者会見をした面もあり、その点が意外だったが、スポンサー離れがおきるだろうとは予想していた。それにしても、当事者たちからすれば、厳しい報告を受け取り、被害者たちが、厳しい要求をしていたことを考えれば、そして、アメリカなどでの同様の問題に対する厳しい対応を考えれば、相当な覚悟で、被害者たちだけではなく、社会、とくに企業に対して納得のいく具体的な方策を示さなければ、こうした事態になることは、予想できたはずである。少なくとも、危機対応の専門家にも相談しただろうし、彼等の助言もあったはずである。しかし、7日の記者会見は、具体的な対応策は何も示さず、そして、その後もとくにめだった対応をしていないことを考えると、危機に直面した当事者にとっては、事態を正確に理解し、社会を納得される方策を打ち出すことは、本当に難しいのだろうか、と思ってしまう。

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五十嵐顕考察29 「教育財政学」はなぜ書かれなかったのか

 昨日は、著作集の編集委員会があり、編集委員会といっても、半分は研究会で、報告と討議がある。昨日は、五十嵐論の総括的な柱の報告があって、時間の関係でほとんど討議できなかったのだが、非常に充実した報告で、興味深かった。この報告について触れることはせず、また、充実したものであることを確認したうえで、私が聞いていて、主に考えたのは、こうした個人の業績を考える上で、研究者であれば、当然書かれた文章を素材にして考察するのだが、(そして、この報告は主要な本を素材にしていた)私は、むしろ書かれるべきであったのに、書かれなかった素材のことであった。もちろん、だれでも、あらゆることを書くことはできないのだが、専門領域については、当然かかねばならないことがある。そして、五十嵐は、東大の教育財政学講座の担当者だったということも、書かねばならないことがあると、多くのひとは考える。それは、「教育財政学」という総括的な著作である。実際に、五十嵐は、晩年それを書こうと努力していたといわれている。しかし、長い研究生活のなかで、ついに、そのような本が書かれることはなかった。

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チャイコフスキーを拒否するウクライナバレエ

 9月1日に放映された深層NEWSをyoutubeで見た。ウクライナ国立バレエが日本公演を行ったことを契機とした番組と思われるが、戦時中にあるウクライナのバレエをめぐる状況が伝えられ、コメンテーターのコメントがなされていた。
 内容は、昨年2月から5月くらいまでは、まったく公演ができない状況になってしまい、また、かなりのダンサーが亡命したという。160人(?)くらいいたダンサーが30~40人になってしまったという。ちなみに、総監督は、若いころからウクライナで学んで、ダンサーになっていた日本人のかただそうだ。ロシアが侵略してきた当初に、兵隊としてキーウの防衛に従事したダンサーが登場して、父親は現在も前線にいるというようなことが語られていた。

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ワードパッドがなくなるようだ

 今日のヤフーニュースに「もうすぐさよならワードパッド」と題する記事があった。
 
 多少驚いたのだが、その驚きの内容は、むしろ、いまでもワードパッドってあったのか、というほうが強かった。たしかに、かなり前には、試しに使ってみたことはあるが、本格的に使ったことはない。いまこの文章を読んでいる人のなかにも、ワードパッドって何?という人も多いのではないだろうか。マイクロソフトのWindowsには、標準で、リッチテキスト編集のためのワードパッドと、プレーンテキスト編集のためのメモ帳というふたつの無料のソフトが標準でついている。ワードパッドは、要するにワープロである。メモ帳はいわゆる「テキストエディタ」だ。

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ジャニーズ事務所の会見

 今回も例によって、わざわざ見たわけではないが、丁度食事時だったので、けっこう長い時間、ジャニーズの会見をみていた。ここのタレントには、まったく興味がないし、今後どうなっていってもかまわないのだが、問題になっていることについては、やはり、関心をもたざるをえないし、また、単純にここにでてきたひとたちを非難するのもどうか、という感じがある。ただ、今回の一連の流れのなかで、普段とは際立って違う現象があったことについては、面白いと思った。他のひとたちには、それほど重要ではないかも知れないのだが。
 第一は、事務所から正式に依託された第三者委員会である再発防止委員会が、依託先にたいして、遠慮会釈のない厳しい報告を提出したということだ。責任者に、元検事総長の林氏をすえていたことで、事務所もかなり本気で受とめていると感じていたが、あれほど依頼主に忖度しない報告も珍しい。そして、その提言にしたがって、藤島社長が退任し、所属タレントの最年長である東山紀之氏と、タレント養成のためのジャニーズアイランドの社長をしている井ノ原快彦氏、そして弁護士が出席していた。新しい社長は、いろいろな人に頼んだが、いずれも断られ、結局、所属タレントの東山氏がやらざるをえなくなったという事情らしい。

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アシュケナージのこと 2

 アシュケナージのソロ集が届いて、けっこうな枚数聴いてみたが、あらためて、この曲はこう弾かれるべきものだ、という確固たる安定感があることに気がつく。それは、ベートーヴェンでも、シューベルトでも、シューマンでもそうなのだ。特別に個性的な演奏ではない、というより、そういうことをまったく志向しない、ごく標準的な解釈で、充分に音楽として感動できるのだ、という姿勢だろうか。

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マイナンバー・カード再論 老人はみなデジタル音痴なわけではない

 文春オンラインで、紙の健康保険証をマイナンバー・カードに一体化して、紙を廃止するのは、老人ファシズムであり、また、リベラルのラッダイト運動であるという批判を展開している。紙の保険証問題については、前にも書いたが、こういう議論がでているので、反論せざるをえない。 “マイナンバー・カード再論 老人はみなデジタル音痴なわけではない” の続きを読む