チャイコフスキーを拒否するウクライナバレエ

 9月1日に放映された深層NEWSをyoutubeで見た。ウクライナ国立バレエが日本公演を行ったことを契機とした番組と思われるが、戦時中にあるウクライナのバレエをめぐる状況が伝えられ、コメンテーターのコメントがなされていた。
 内容は、昨年2月から5月くらいまでは、まったく公演ができない状況になってしまい、また、かなりのダンサーが亡命したという。160人(?)くらいいたダンサーが30~40人になってしまったという。ちなみに、総監督は、若いころからウクライナで学んで、ダンサーになっていた日本人のかただそうだ。ロシアが侵略してきた当初に、兵隊としてキーウの防衛に従事したダンサーが登場して、父親は現在も前線にいるというようなことが語られていた。

 そして、とくに話題になったのが、チャイコフスキーの作品は上演しないようにという、政府の方針で、現在では白鳥の湖もくるみ割人形も上演されていないそうだ。ロシアのバレエ作品を上演しないとなると、プロコフィエフ、ハトャトリアン、ストラビンスキーなどもあるわけだから(ストラビンスキーは、ロシアバレエではないと考えることも不可能ではないが)、すべて上演禁止になると、レパートリーもかなり狭くなってしまう可能性もある。もの かわりウクライナ物を多くとりいれるようになって、そのことはよかったと関係者は考えているようだ。
 そのロシアもの排除について、あるダンサーが、聴衆にアンケートをとっても、多くはそれを是とするだろうし、また上演を拒否する権利もある、とのべていたことが印象的だった。
 当然上演を拒否する権利はあるだろうし、現在のウクライナ人として、ロシアのバレエを上演する気持ちにならないのは、そうなのだろう。ただ、チャイコフスキーは、現在のロシアによるウクライナ侵略とまったく関係はないし、上演をする権利もあるのだろうとは思う。そして、現在上演したくないと思っていても、戦争が終わり、講和条約が結ばれたときには、再び上演したい、あるいは見たいと思うのだろうと思う。
 
 政権が、特定の音楽を禁止したり、逆に奨励するのは、ヒトラーが、ユダヤ人作曲であるメンデルスゾーンやマーラーを禁止し、ワーグナーを奨励したのと、表面的には似ているが、ウクライナの場合は、自分たちを侵略している国の音楽という点では、多少異なる。ウクライナのナチ勢力を成敗するというような戦争目的が当初語られたが、ナチの好んだワーグナーの名を冠した私兵が、ウクライナ侵略で活躍したというのも皮肉ではある。
 
 では、日本ではどうなのだろうか。ロシアによるウクライナ侵略がはじまったころは、オーケストラの演奏会で、チャイコフスキーの序曲1812年を演奏することをやめるべきだという声が強くなり、事実プログラムから外したのは記憶に新しい。しかし、演奏しないようにしたのは、おそらくこの曲だけで、交響曲や他の管弦楽作品、室内楽、そして、バレエ、オペラなどは演奏会でとりあげられていたは思われる。私のところに送られてくる演奏会案内でも、チャイコフスキーはあいかわらずの人気演目である。また、西欧で活動しているロシア出身の演奏家にたいして、この戦争への反対声明が要求され、それに応じなかった何人かの演奏家は、契約を解除された。一時解除されたが、あとで戦争反対の意思表明をして、西欧での演奏会に出演するようになったネトレプコのような人もいるし、結局強固な支持が明かで、ロシアでのポストに専念し、チャイコフスキーコンクールの審査委員もつとめたゲルギエフのような指揮者もいる。戦争が終わったら、ゲルギエフは西側の音楽界に復帰できるのだろうか。あるいは、そういう気持ちがあるのだろうか。そうなってみないとわからないが、あれだけプーチン支持の立場を明確にされると、少なくとも招くほうにも相当なわだかまりは残るにちがいない。
 
 深層NEWSの映像をみて、もうひとつ感じたことがあった。バレエ公演の映像がなんどか流れたのだが、かつての栄光あるキエフバレエの面影はほとんどないと感じざるをえなかった。何人かのすばらしいダンサーの踊りはあったが、群舞はかなり乱れており、ソロのテクニックも衰え、あるいは鍛練不足を感じさせるものだった。もちろん、それは彼等の責任にするのは間違いだろう。こうした状況でも海外公演をするというのは、本当に大変なことだし、それがウクライナへの貢献にもなるということでやっているのだろう。しかし、メンバーの過半数が亡命してしまったり、あるいは現在でも兵役についている人もいるだろう。爆撃でなくなったダンサーもいるにちがいない。そういう意味で、戦争の爪痕というべきだが、やはり、力が落ちてしまっていることは、とても残念に感じた。かつてはキエフバレエといわれていたが、何枚か私も市販の映像をもっているが、ボリショイやマリンスキーに決して劣らない水準だった。戦争でウクライナが勝利し、バレエもかつての水準を取り戻す日が、速くきてほしいものだ。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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