危機回避は難しいのだろう

 スポンサーのジャニーズ事務所離れが急速に進んでいる。7日の会見をみて、この事態を予想した人たちは、少なくなかったと思われる。私自身は、予想よりはジャニーズ側が真面目な雰囲気をだそうと記者会見をした面もあり、その点が意外だったが、スポンサー離れがおきるだろうとは予想していた。それにしても、当事者たちからすれば、厳しい報告を受け取り、被害者たちが、厳しい要求をしていたことを考えれば、そして、アメリカなどでの同様の問題に対する厳しい対応を考えれば、相当な覚悟で、被害者たちだけではなく、社会、とくに企業に対して納得のいく具体的な方策を示さなければ、こうした事態になることは、予想できたはずである。少なくとも、危機対応の専門家にも相談しただろうし、彼等の助言もあったはずである。しかし、7日の記者会見は、具体的な対応策は何も示さず、そして、その後もとくにめだった対応をしていないことを考えると、危機に直面した当事者にとっては、事態を正確に理解し、社会を納得される方策を打ち出すことは、本当に難しいのだろうか、と思ってしまう。

 日大が数年前、アメフトの不当タックル問題で大きく批判されたとき、その対応はあまりにお粗末だったことが記憶にあたらしい。皮肉なことに、少し前に日大は、危機管理学部を設置して、その方面の専門家を集めていたはずであるのに、まるで危機管理ができていなかったわけである。
 
 今回のジャニーズ事務所の対応については、記者会見後、具体的に示したのは、ジャニーズ事務所としては、ギャラを全額タレントたちが受けとるようにする、ということだった。正直、これには唖然とした。もちろん、これは、所属タレントたちが、独立したり、他の事務所に移籍することを防ぐ目的だろう。被害者対応については、外部の委員会に一任するということを決定したという。ということは、これから検討するということを意味している。当然、その程度のことは、7日の記者会見のずっと前に設置検討して、ある程度の結論を会見で公表すべきだった。
 つまり、具体的な策としては、タレントの独立防止策だけといってもよい。しかし、タレントの出演そのものが大きく制限されてくるという状況なのだから、タレントの防衛には、あまり有効な手ではないのだ。タレントが出られなくなれば、ギャラも発生しないわけだから、全額もらえるというのは絵に描いたもちになってしまう。タレントを守るためにこそ、被害者対応と企業対応をある程度納得のいく線で打ち出すが必要だったはずである。
 
 さて、考えたいのは、そういう具体策のことではない。なぜ、ジュリー社長や会社の幹部、そして、社長を引き受けた東山、そして相談をうけたタレントたちは、リアルな危機感をもてなかったのだろうかという点だ。ジャニー氏の性加害を充分認識し、その隠蔽のために手段を尽くし、事務所タレントの活用を最大限に高めるために、権力行使をしたメリー氏が顕在であれば、危機管理ができたのだろうか。さらにBBCの放映をとめることができたのだろうか。
 おそらくできなかったにちがいない。メリー氏にできることは、自分の力が及ぶ人間の範囲で、権謀術数を実行することだったのだろう。SMAP独立騒動でのメリー氏の振舞をみると、社会を味方につけるようなやり方は、眼中にないか、不得手であったか、どちらかだったろう。しかし、それでも、事務所を発展させた手腕は確かにあった。
 だが、ジュリー氏になると、最初から将来の地位を約束され、ちやほやされて育ったわけであり、実際に能力を認められて社長としての仕事をやっていたわけではない。むしろかなり疑問視されていたといえる。だから、自分で危機を処理したこともないし、そもそも危機に直面したという意識もなかっただろう。BBCの放送があるまでは。放送後も危機意識をもったかどうかわかならない。映像での釈明をした時点では、危機意識すらもっていなかったといったほうが事実に近いだろう。BBCの放送があった時点で、事務所は、完全に崩壊の危険性を孕んだといえる。そういう意味では、危機回避の対策をするには、充分すぎるくらい時間があったのである。
 現在要求されていることは、前から要求されていたのだから、それを具体化すれば、危機回避はできたのだろうか。危機回避の能力の高い専門家であれば、可能だったのか。考えれば考えるほど、実は難しかったのではないかと思われてくるのである。
 
 そもそも事務所にとって、危機回避とはどういうことなのか。
・創業者一家として自分の地位を守る(社長)
・事務所を守る(運営にあたるひとたち)
・タレントを守る
・被害者に償いをする
 こうした一連のことを、満たすことができれば、危機回避は可能ということになる。
 
 社会の状況からみて、事務所や社長、タレントを守るために、被害者を切り捨てる道をとることは、事実上できないだろう。そんなことをすれば、刑事告訴されて、刑事被告人になる事務員やタレントが多数でてくるにちがいない。主犯はジャニー氏だったとしても、たすけたり、みずから後輩に加害行為をしたタレントなどもいるのだから。それはあきらかに最悪の方策であって、危機回避の反対に危機増大にしかならない。証人が多数いるようだから有罪は避けられないだろう。
 とすれば、被害者補償をする以外にない。被害者に償いをすることは、具体的には明確にできる。話し合いをして、補償金を充分にだす。その程度の資金はあるだろう。しかし、補償するということは、ジャニー氏、あるいは事務所関係者のある程度の部分の共犯を認めることになる。認めずに、補償するというのは、理屈が成立しないからである。
 そうすると、責任をとって、社長をおりざるをえなくなる。また、加害を認めれば、おそらく社名を変更しても、スポンサーが撤退していくことは防ぐことができないだろう。タレントも去っていくことをとめられなくなる。加害を認めれば、被害者はどんどん新たに名乗り出るだろう。そうすると、莫大な補償金が必要となってくる。当然、収入は減る一方で、莫大な支出が必要となる。
 社会が納得する「補償」と「謝罪」をすれば、このようになることは充分に予想されるわけである。そこで、少なくとも、事務所が崩壊せず、タレントたちも留まって、一緒に建て直しをするような体制をどう作れるか、ということに知恵を絞ったのだろうか。そうだとしても、その結果としての名案が浮かんだようには思えない。私が当事者でも浮かばないように思われる。
 冷静にみれば、加害は認めざるをえず、認めれば、被害者との関係、そして、事務所とスポンサー、テレビとの関係は、完全に逆転してしまう。みえてくるのは、事務所の崩壊でしかない。そういう認識をもったのだろうか。あるいは、そこまで認識できず、ただ大丈夫と思っていたのだろうか。
 はっきりしているのは、あまりに加害行為が甚大すぎたということだろう。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です