大分前に書き始め継続して書くつもりだったが、頓挫していたこの連載をまた書くことにした。今度こそは、最後までいきたいと考えている。
前回までは、とりあえず住居に落ち着き、子どもたち二人を公立の小学校にいれつつ、オランダに留学した当初の目的である「学校選択」についての通信をだしたところまで書いた。そうして、やっと落ち着いて、学校生活の様子などを知るようになった矢先に、大きな事件がとなりのドイツで起こった。
1989年11月10日にベルリンの壁が崩壊し、翌1990年10月3日に東西ドイツが統一された。そして、1992年の秋は、翌1993年1月1日のEU発足の直前であった。このように書くと、当時のヨーロッパが、非常に発展的で好ましい状況だったと考えがちであるが、そういう一面があると同時に、かなり緊張した事件も多発していた。東西ドイツが統一されたことは、東ドイツから大量に西に人口移動が生じたことになるし、とにかく、東ドイツは西に比較して、非常に貧しかったから、統一といっても、極めて困難な事業だったのである。そうしたことを背景に、ネオナチの勢力が増大し、各地で暴力事件を起こしていた。