こっけいなプーチン演説

 今日、急に目が真っ赤になっていることに気づき、さすがに、2年ぶりに医者のところにいった。結膜下出血ということで、医者からもらったパンフには、たいしたことないと書かれていた。一応薬をくれたから、それなりの改善の必要はあるのだろう。というわけで、残念なことに、プーチンの演説をリアルタイムで聞くことができなかった。今までにでているyoutubeでは、簡単な抜粋をみただけだ。しかし、大体のことはわかった。
 ウクライナ側の視点による多少偏った見方になるのだろうが、こっけいな演説だった。西側が侵略戦争をしかけているような前提で、侵略する者は敗北するなどといっていたようだが、侵略者を事実通りに認定すれば、たしかにプーチンのいう通りだ。そして、西側は、ロシアを崩壊させようと思っているのだ、といっていたが、当初はそう思った西側のひとたちはあまりいなかったろうが、現在では、ロシア自体の崩壊を望んでいる人は、多くなっているに違いない。ここまで、酷いことをすれば、今後長期間にわたって、こうした侵略戦争をできなくなるには、ロシアという世界一広大な面積をもつ国家が、常識的な面積の国家に分裂して、ソ連の後継者としての国連安全保障理事会の常任理事国が存在しなくなることが、多くの人によって期待されているからである。私もそう望んでいる。もし、そうならなければ、国連は事実上死に体となってしまうだろう。既にそうなっていると考えている人もいるだろうし。そして、西側にロシアの崩壊を望むようにさせたのは、プーチンの侵略行為そのものだ。こっけいな演説といった所以だ。

 
 ロシア人は、かつてロシアは侵略されても、常に押し返していたと考えているふしがある。しかし、それは事実ではない。モンゴルに攻め込まれて、長い間支配下に置かれたわけであり、そのことも歴史的記憶に残っているはずだ。だが、確かにロマノフ朝になってからは、主な大侵略を二回受け、いずれも苦闘のうえに撃退したことは事実である。1812年の対ナポレオン戦争を祖国戦闘と呼び、第二次世界大戦の対ナチス戦争を大祖国戦争と呼んで、今日ドイツを敗戦に至らしめたというので、戦勝記念日として祝っているわけである。
 しかし、歴史を冷静にみれば、大祖国戦争というのも、ロシアにとって、それほど名誉な勝利ではなかった。
 ヒトラーは、1933年の選挙に勝利して、首相になるのだが、その選挙の勝利に対して、スターリンは影で応援したという。ドイツ共産党に対して、過激な闘争を命じて、国民の間に拒否反応を起こさせ、結果として、ヒトラーが有利になり、選挙で勝ったというのである。しかも、その後ドイツ共産党は、ナチの徹底的な弾圧を受けて、事実上崩壊し、生き延びた党員もソ連に亡命するなどしている。スターリンは、何故、ヒトラーを応援したかといえば、独裁者であるという共通点で親近感を感じ、独裁者としての先輩である自分が、ヒトラーをあやつれると思ったらしい。しかも、スターリンは、ヒトラーの悪名高き『我が闘争』を読んでいなかったというのだ。『我が闘争』は、見識のある政治家たちは、きちんと読んでおり、ヒトラーの危険性を熟知していた。そして、最も深刻に熟読していなければならなかったスターリンは、読んでいなかったというのだから、皮肉なものだ。『我が闘争』は、ソビエトを侵略して、そこにドイツ植民地国家を建設するというのが、もっとも中心的な主題だったのだから。
 
 首相になったヒトラーが、着々とソ連侵略の準備をしていたとき、スターリンは、国軍の優秀な将軍たちを次々に処刑して、軍隊を徹底的に弱体化してしまった。自分への反乱を起こす危険性をなくすためであったのだろうが、そのために、国家の防衛力を著しく弱めてしまったのである。ヒトラーの軍隊が、怒濤の進軍をみせて、当初、ソ連軍は敗北の連続であったのだが、それは、優れた将軍たちが決定的に不足し、軍隊が適切な闘いができなかったからであることは、周知の事実である。結局、市民たちの驚異的な粘り、広大な土地による侵略軍の拡散と、冬将軍によって、撃退することができたのだが、スターリンの度重なる失政がなければ、そもそも、ヒトラーが首相になれたかどうかもわからないし、また、ヒトラーの本質を見誤っていなければ、軍隊を人的にも、兵器にしても、しっかりと準備して、早い段階で押し返すことができただろう。
 
 結局、プーチンがいったように、侵略軍は結局敗北するということは、歴史的真実であるといえよう。ロシア人は、そのことをどちらの立場でも、事実として証明している。侵略を受けた二度の大戦争。ナポレオンとヒトラーとの闘い。逆に、アフガニスタンでは、敗れ去っているだけではなく、それがソ連崩壊の決定的な要因のひとつとなった。
 グローバル化し、国家の独立が相互に承認され、情報が広範にいきわたっている現代では、国家的な侵略戦争が成功する余地はほとんどない。アメリカですら、ベトナム、イラク、アフガニスタンで失敗している。そして、現在侵略者は、ロシアであって、ウクライナではない。つまり、プーチンは、自ら、自分たちは敗北するという歴史的真実にしたがう以外にないことを、認める演説をしたのである。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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