人々の感覚、考え、そして風習には大きな差がある。コロナ流行でのマスクについて、欧米人と日本人では、まったくといっていいほどの対応の違いがあった。爆発的な感染時よりは少なくなっているが、それでも初期に比べれば、まだ感染が多いにもかかわらず、欧米ではほとんどマスクをしなくなっている。しかし、日本ではマスクが義務化されているわけでもないのに、マスク着用を求める施設や店が多いし、それを受け入れるひとが大多数だ。私が大学に勤めていたのは、コロナ前だが、実は、既にかなりの学生、特に女子学生が、冬になるとマスクをしているひとが多かった。インフルエンザ対策なのかも知れないが、それほど流行していない時期でも、マスクをしているので、不思議だといつも感じていたものだ。だから、コロナ流行後に、日本人のほとんどがマスクをするようになったのも、自然な成り行きだったのだろう。
なぜ、このような差が出ているのかは、様々なひとが自説を述べているが、相手の気持ちを推察する顔の場所に違いがあるのではないかと、私は感じている。日本では、「目は口ほどにものをいう」という言葉があるように、日本人は、口数が多くない、あるいは言葉で説明しなくても、目で相手の感情を読み取ろうとする態度がある。だから、口を覆っても、別に相手の感情を読み取るのに不便を感じない。しかし、欧米のひとたちは、やはり、言葉でコミュニケーションをとろうとする。はっきりものをいわないのは、やはり、否定的に受け取られる。だから、言葉を発する口を隠すことに抵抗があるのではないか。
そんなことを考えているときに、イランで、ヒジャブを着用しない女性を、道徳警察が取り締まっているという記事を見つけた。道徳警察とは、またずいぶん特殊な警察だと思ったが、服装警察などとも呼ばれ、要するに、イスラム教徒特有の、女性の身体の部分を隠すための服装を着用することが、ほぼ義務化されているイランでは、女性の服装を取り締まるためにおかれた警察だ。
これに関する記事をいくつか読んでみると、ヒジャブを身につけている女性は、決して強制された感覚ではなく、自発的、とくに身を守るために着用していると感じていると書かれている。クルーアーン（コーラン）にも、ヒジャブのような服装を強要する記述はないということだ。では、なぜ自発的に着用しているかというと、そのことによって、男性に言い寄られることを防ぐことができるというのだ。江戸時代のお歯黒のようなものか。
逆のことをしたのは、フランスだ。マフラー事件として有名になったが、マフラー（スカーフ）をして登校した女子生徒に、マフラーを禁止したが従わなかったので退学にした事件だ。賛否両論か起きたが、更に、法律で禁止することに発展してしまった。フランス人の本心は、イスラム教徒に対する抑圧だった。確かに、教育の世俗性を原則とするフランスとしては、宗教的なシンボルを学校に持ち込むことは、反社会的であると、本気で信じていたのだろう。しかし、表向きには、更に、法律で禁止するときには、ヒジャブが顔の表情を隠すことは、コミュニケーションを阻害するというような理由をあげていた。そして、この法律は、路上、店舗、美術館、公共輸送機関、公園などで顔を覆うヴェールやマスクを着用することを禁止、違反者に罰金を課すものだった。もちろん、反対意見もあったが、世論調査では８０%が賛成だったという。
一方に着用を禁止し、他方に着用を強制する国家がある。コロナ禍でのマスク義務を課す国と、自由にする国、しかも、義務を課した国では解除すれば、ほとんどのひとはマスクをしなくなり、自由な国では、そうした国際的動向にもかかわらず、国民の多くがマスクをし続けている。コロナ流行が深刻な時期、マスク着用を義務化したフランスで、反対デモが激しかったのは、考えさせられることだった。
考えてみると、日本もそう誉められたものではない。校則では、服装規定をしている学校がほとんどで、制服だけではなく、下着や頭髪などについても、細かい規則を決めているところがほとんどだ。しかも、女子に対しては冬でもスカートを強制しているところがほとんどで、最近やっと、ごくわずかな学校でパンツを認めるようになった程度だ。これは、制服の強制という問題だけではなく、健康に悪い服装を強制している点で、これこそ犯罪的なルールだ。ヒジャブなどの強要には、確かに女性自身が認める有益な面があるが、寒い冬でもスカートを強要するのは、合理的な説明のしようがない。
服装などは、各自がベストと考えていることを尊重すればいいと思うのだが。