「鬼平犯科帳」死んだ密偵3

 4人目は、馬蕗の利平治だ。
 利平治は、髙窓の久兵衛という頭の専属の嘗役(なめやく)盗賊だった。嘗役というのは、各地をあるいて盗みの対象になりそうな商家をみつけ、内部の情報を調査して、盗賊にその情報を売りつける盗賊の一種である。本当にそういうひとたちがいたかどうかはわからないが、「鬼平犯科帳」のなかには、たくさんの嘗役が登場し、ほとんどはフリーランスで、複数の盗賊に売っている。だが、この利平治は専属嘗役で、頭に気に入られ、また、頭に絶対的に忠誠だった。しかし、久兵衛が死んだあと、仲間割れがおき、一部が利平治がどこかに隠しているノートを奪う目的で、一緒に旅をしている。利平治は、実はノートを狙われていることがわかっているので、なんとか逃れたいと思っている。しかし、利平治を殺したらノートが手に入らないので、ずっと付きまとっているわけだ。そして、そのとき、丁度熱海に家族や密偵何人かと湯治にきていた平蔵と遭遇し、知り合いの彦十が仲をとりもって、平蔵が護衛をかってでることになる。利平治は、堅気になろうとしている久兵衛の息子に会うために江戸にいくつもりなのだが、息子も何人かの久兵衛の手下に狙われている。平蔵が結局彼らを成敗して、利平治に身分を明かして、放してやるのだが、やがて利平治は自ら出頭し、息子をとらえないという条件で、自分が自首し、ノートを平蔵に渡す。そして、平蔵の説得で、密偵になるのである。「熱海の宝物」という利平治登場の章だ。

“「鬼平犯科帳」死んだ密偵3” の続きを読む

「鬼平犯科帳」密偵たちの死2

 今回は雨引の文五郎を取り上げよう。文五郎は隙間風の文五郎というあだ名をもっていて、際立って盗みの技術が高い盗賊だ。隙間風というのは、どこにでも入り込むということらしい。闘う能力も高いが、盗みではけっして殺しなどをしない、池波のいう「本格派」である。しかも、極めて義理堅いといえる。だが、そんなことは、盗賊だからというわけでもないだろうが、相手には伝わっていない。つまり、思い込み、誤解が入り組んで、事態が絡まった展開をしていく。
 
 
ある意味、長谷川平蔵はこの文五郎が気に入っているので、かなり事件が複雑に展開し、裏切られもするが、死んでしまった文五郎を惜しんでいる。2つの話で登場、最後は自害をする。最初は「雨引きの文五郎」という章である。

“「鬼平犯科帳」密偵たちの死2” の続きを読む

「鬼平犯科帳」 密偵たちの死1

 「鬼平犯科帳」には、たくさんの密偵が登場する。実際に長谷川平蔵は、多くの密偵を使っていたとされている。ただ、よく時代劇に出てくる岡っ引きとは違う。岡っ引きも、平蔵の密偵と同じように、どちらかというと反社会的な人物が多かったようだが、岡っ引きは、十手を預かっていて、表向き彼らが岡っ引きであることが知られていた。しかし、「鬼平犯科帳」に出てくる密偵は、そうしたアイテムはまったくもっておらず、外見はまったくの町民である。ただ、事件そのものは、実際にあったものもあるが、個々の密偵は、まったくの作者による創作であると思われる。(もっとも、ある人が密偵になったが、密偵の名簿にその名はない、というような記述があるので、そうした名簿が実際にあるのか、あるいは名簿自体が池波の創作なのかはわからない。)
 小説のなかで、密偵は3類型に分類できる。常時平蔵の命令を受けて活躍している密偵。「密偵たちの宴」に登場する6人である。(彦十、粂八、おまさ、五郎蔵、伊三次、宗平)常時登場するわけではないが、何度か重要な役割でもって登場する密偵。そして、単発的にわずかに登場する密偵である。興味深いことに、理由は多様だが、殺されてしまう、あるいは自害して死んでしまう密偵は、第二グループに多く、第一グループでは一人だけである。そして、第三グループには見当たらない。

“「鬼平犯科帳」 密偵たちの死1” の続きを読む

シャーロック・ホームズと鬼平犯科帳

 シャーロック・ホームズのBDをとりあえず全部見終わった。全体的な感想だが、初期に制作されたものほど、作品も面白いし、ドラマ化も充実していた。後半も終わりに近いほうになると、まったく原作と異なる話が挿入されるだけではなく、それがあまり成功しておらず、しかも、どこかカルト的要素が入ってきて、シャーロック・ホームズの特徴である明るさ、温かさと逆の雰囲気が前面にでてきて、楽しめないものがいくつかあった。当時イギリスのテレビ界で2時間ドラマが流行していたために、それにあわせてシャーロック・ホームズも2時間に拡大したものに変更され、原作になかった話を加えることになったようだ。ただ、それだけではなく、主役のブレッドの体調が思わしくなくなり、動きなどにもスムーズさが欠けるようになったことも影響しているように感じられた。ワトソン博士は交代させても、さすがにシャーロック・ホームズ役を変えることはできなかったのだろう。原作も初期のものに名作が多く、ドラマ化も最初のシリーズでは、名作中心に選択されているので、原作に忠実に作れば傑作になるという感じで、安心して見ることができる。

“シャーロック・ホームズと鬼平犯科帳” の続きを読む

シャーロック・ホームズ 職場の大事なものを自宅に持って帰るか

 犯罪を扱う小説で、事件が解決する場合には、どうしても不自然な要素が残ることが多い。というのは、読者を惹きつけるためには、犯罪そのものが特異で、解決が難しいことが求められる。だから、それを解決するためには、超人的な能力が必要で、ときには、あまりに不自然な偶然などを介在させたり、リアリティが損なわれることが多いのだ。そこで、骨格が同じふたつの物語を比較検討し、リアリティについて考えてみよう。
 
 ひとつは「エメラルドの宝冠」、もうひとつは「第二のしみ」である。ともに、ある重要なものを預かった人物が、職場に置いておくことに不安だったので自宅に持ちかえり、そこで盗難にあう。ホームズが、品物を取り戻すことを依頼され、無事戻るという点が共通である。しかし、その共通性にもかかわらず、印象としてはかなり異なる。

“シャーロック・ホームズ 職場の大事なものを自宅に持って帰るか” の続きを読む

シャーロック・ホームズ 結末の変更 ギリシャ語通訳・ノーウッドの建築家

 小説をドラマ化するときに、まったく原作の内容を変更せずに制作することは、通常は難しい。原作のイメージ通りの俳優を見いだすことすら、そう簡単ではないに違いない。まして、シャーロック・ホームズ物語のように、すべてワトソン博士が、自身見聞したことを記述した形式になっている場合、話の筋を変えずにドラマ化すれば、当然順序などを変更しなければならない。また、原作では省略されている細かな点、例えば大道具小道具などについても、創造する必要がある。
 そうした点は除いても、ドラマ制作者の意図によって、原作の内容そのものに変更が加えられることは、普通にみられるといえるだろう。そして、そのことによって、原作の不備を補ったり、あるいは、新たな矛盾を作り出したりすることがある。
 続いて制作されたと思われる「ギリシャ語通訳」は、付加した内容が、むしろ不自然さを生んでいるのに対して、「ノーウッドの建築家」は原作の欠点を見事に補う結果になっている。その対照的な面が面白かった。

“シャーロック・ホームズ 結末の変更 ギリシャ語通訳・ノーウッドの建築家” の続きを読む

シャーロック・ホームズ 赤毛連盟

 「赤毛連盟」は、シャーロック・ホームズの最初の短編集「シャーロック・ホームズの冒険」の第二話であり、シャーロック・ホームズ全体のなかでも秀逸な短編のひとつとされている。犯罪者が目論んだ手口が奇想天外で、それを論理的推論と過去の情報を活用、直ちに必要な手配をして、犯罪の現場で犯人を捕らえてしまう話だ。
 
 銀行に、新たに運び込まれた大量のフランス金貨を盗むために、クレイ一味は銀行の裏通りに近接する質屋から銀行までトンネルを掘って、銀行に入り込む計画をたてる。質屋に通常の半額の給与でいいと言って店員として採用され、質屋が昼間不在になるように、赤毛連盟という組織をデッチあげ、質屋に応募させる。毎日4時間、ブリタニカ百科事典を書き写すだけの作業をして、週4ポンドを得られるようにするわけだ。

“シャーロック・ホームズ 赤毛連盟” の続きを読む

羽鳥モーニングショーはつまらなくなった

 羽鳥モーニングショーから、玉川氏がいなくなってから、約2カ月が経過した。周知のように、安倍元首相の国葬における菅元首相の追悼に関して、「電通が入っている」と発言して、非難が巻き起こり、玉川氏による訂正と謝罪にもかかわらず、謹慎期間を経て、事実上の降板状態になった。
 もちろん、玉川氏の発言は間違いであることは明らかであり、国葬を取り仕切った企業が電通ではないことは、早くから報道されていたからは、玉川氏が何故そんな勘違いをしたのか、不思議であり、訂正と謝罪が必要だったろう。ただし、電通がこの件で迷惑を受けたとは、私には思われず、要するに、日頃の玉川氏の発言を不快に思っていたひとたち、勢力が、これを機会に玉川氏の追い落しを狙ったということだろう。
 
 私は、朝食時間が重なるので、ほぼ毎日、羽鳥モーニングショーを見るが、この番組は、同種の番組と明らかに違う点があり、それが魅力である。おそらく、同様に感じている人も多いに違いない。それは、番組のなかで、自由に意見が語られ、ときに、反対意見が出てくる。そして、論争が起きる。それが、自然な感じを与える論争なのだ。

“羽鳥モーニングショーはつまらなくなった” の続きを読む

鬼平犯科帳 「盗賊婚礼」不思議な物語

 「鬼平犯科帳」クイズのための作業である。「盗賊婚礼」は、話としては面白いのだが、突つきだすといろいろと妙なところがある。それを考えてみたい。
 筋は以下のようなことだ。
 
・傘山の弥太郎は、山城屋文蔵方に押し入り、780両を盗み、「けむりのごとく」消え失せた8人の盗賊の頭である。亡父の時代は50人手下がいた。
・その盗みで、引き込みをしたお粂と父親ということになっている由松を,火付盗賊改は追っているが、行方をつかめない。
・手下の勘助と喜代次が、瓢簞屋という料理屋をやっているが、弥太郎は別のところに住んでいる。瓢簞屋は、平蔵が好んでいる店である。勘助とも親しく話もしている。
・先代が親しかった盗賊鳴海の繁蔵の娘を弥太郎と結婚させる約束があると、亡夫が、死に際に弥太郎にいって、弥太郎は承知していた。
・8年後二代目繁蔵から、妹のお糸を親同士の約束に従って女房にしてほしい、そして、これを縁に、親たちのように仕事の協力をしてほしいという申し入れがある。
・その使者は、繁蔵配下の長嶋の久五郎だった。

“鬼平犯科帳 「盗賊婚礼」不思議な物語” の続きを読む

鬼平犯科帳 平蔵はなぜ出世できなかったのか

 長谷川平蔵は、火付盗賊改方という役職のまま死去している。そして、その役職に就いた者は、2,3年で次の役職に転出していく例が多いとされる。事実、平蔵の父親の宣雄も、火付盗賊改方のあと、京都町奉行に栄転している。正しい比喩かどうかは異論もあるだろうが、江戸町奉行は、現在では東京都知事に近く、火付盗賊改方は警視庁刑事部長くらいなのだろうか。しかも、警視庁の部分も知事部局であると考えた上だ。だから、町奉行と火付盗賊改方とでは、かなりの格の違いがあったと考えられている。鬼平犯科帳でも、平蔵は、いつまでこんな仕事をしなければならないのかと嘆く部分が、何度も出てくる。実際に、長谷川平蔵は、町奉行になることを強く希望していたとされているし、また、江戸の庶民たちにも人気があったので、そうなることを期待されていたという。しかし、何度もチャンス、つまり江戸、大阪、京都などの町奉行職の交代が、平蔵の火付盗賊改方任期中にあったにもかかわらず、彼が指名されることはなかった。もっとも、父の宣雄が京都町奉行になったのは、53歳のときだったから、平蔵も長生きしていれば、チャンスがあったとも考えられる。しかし、火付盗賊改方を2,3年務めたあと、なんらかの奉行職に栄転していくことは、よくあることだったから、8年もの間火付盗賊改方のままだったことは、議論の対象になってもおかしくない。そして、長谷川平蔵は、あくまでも小説の話としても、「理想の上司」などといわれている割りには、自身が希望していた上のポストには行けなかったのだから、皮肉なものだ。

“鬼平犯科帳 平蔵はなぜ出世できなかったのか” の続きを読む