「鬼平犯科帳」クイズのための作業である。「盗賊婚礼」は、話としては面白いのだが、突つきだすといろいろと妙なところがある。それを考えてみたい。
筋は以下のようなことだ。
・傘山の弥太郎は、山城屋文蔵方に押し入り、780両を盗み、「けむりのごとく」消え失せた8人の盗賊の頭である。亡父の時代は50人手下がいた。
・その盗みで、引き込みをしたお粂と父親ということになっている由松を,火付盗賊改は追っているが、行方をつかめない。
・手下の勘助と喜代次が、瓢簞屋という料理屋をやっているが、弥太郎は別のところに住んでいる。瓢簞屋は、平蔵が好んでいる店である。勘助とも親しく話もしている。
・先代が親しかった盗賊鳴海の繁蔵の娘を弥太郎と結婚させる約束があると、亡夫が、死に際に弥太郎にいって、弥太郎は承知していた。
・8年後二代目繁蔵から、妹のお糸を親同士の約束に従って女房にしてほしい、そして、これを縁に、親たちのように仕事の協力をしてほしいという申し入れがある。
・その使者は、繁蔵配下の長嶋の久五郎だった。
・この申し入れに、弥太郎と勘助は相談をする。勘助は何か悪巧みがあるのではないかと反対するが、弥太郎は、仕事の付き合いはしない(弥太郎は、殺しなどをしない本格盗賊で、繁蔵は畜生ばたらきの盗賊である)ことを条件に、約束は約束だとして、承知をする。
・お糸は実は繁蔵の情婦で、一月だけ弥太郎と暮らして、その間に繁蔵は、弥太郎一味の乗っ取りを企んでいる。
・婚礼の式が、瓢簞屋で行われるが、土壇場で久五郎が、お糸が先代繁蔵の子どもではないことと、繁蔵の企みを暴露し、繁蔵を短刀で刺殺する。そこで大乱闘になり、たまたま通り掛かっていた平蔵と岸井が治めにはいる。
・久五郎は、弥太郎の先代に世話になったために、命懸けで対処したと白状して息が切れる。
こういう話である。話としてよくできており、結末も劇的であり、しかも、久五郎が悩んでいる伏線も張られている。瓢箪屋は、平蔵のお気に入りで、当日店の側を通って騒ぎに介入したのも、ごく自然な流れになっている。しかし、この話、繰り返し読むと、突っ込みどころ満載なのだ。それをひとつひとつ検討していこう。
まず、「鬼平犯科帳」では、平蔵の勘働きはとてもすごく、盗賊は、街中で見かけた人物が、まったく外見に表れていないのに、たちまちに見破ってしまうことになっている。しかし、ここでは、盗賊の首領弥太郎の右腕ともいわれる勘助が運営している瓢簞屋に、何度も足を運び、食事をしながら、勘助と話までしているにもかかわらず、まったく気づいていない。岸井を誘っているし、妻の久枝にも、いつか一緒に行こうなどと誘っている。働いている喜代次も盗賊であるのに、まるで気付いていないのだ。もっとも、最初に気づいてしまえば、物語が成立しないのだが。
次に弥太郎の不用心さである。弥太郎は、「鬼平犯科帳」でいうところの本格的な盗賊であって、人を殺傷せず、ないところから取らない、女を凌辱しないという3つの掟を厳格にまもっている。そして、盗みの準備は周到に行い、あらゆる証拠を残さないように、細心の注意を払う盗賊である。しかし、それにしては、平気で殺生を行う繁蔵の申し入れを、簡単に受け入れ、協力しなければよい、お糸にあやしい動きがあったら、離婚すればよい、などと、いかにも呑気に構えている。しかも、手下の由松が、既に裏切って繁蔵の手下になっていることにまったく気づいていない。経験豊かな手下の勘助の忠告も、まったく聞き入れる姿勢をもっていない。先代のときには、50人いた手下が10人程度まで減っていることも、あまり気にしていないのだろうか。手下が、それだけ逃げてしまうということは、頭として無能だというべきだが、それにしては、完璧なみ盗みを実行している。平蔵すらまったく手がかりをつかめない完璧な盗みを実行したわりには、太っていて、身体の動きが緩慢で鈍そうだというのも、不自然な気がする。完璧な盗みの実行と、簡単に騙されてしまう杜撰さが、あまりに対照的なのである。
そして、不思議なのが久五郎の動きだ。久五郎は、双方の先代を知っている老盗賊であり、重要な使節を任されている。そして、最初から、どうも裏があるように描かれ、じっと考えこんでいる。しかし、何も言わずに、ただ必要なことだけを確認していく。弥太郎の住処も突きとめている。極めて有能な人物だ。そして、最後に、頭の繁蔵の嘘を許せず、また、騙される弥太郎を覚醒させるために、事実を叫び、繁蔵を刺してしまう。当然、自分も返り討ちにあうわけだ。つまり、死を決しての行為だ。それならば、なぜ、事前にただ一人で使いを任されているのだから、弥太郎に事実を告げ、この申し出は断ったほうがよいと、助言しておくほうがずっと害がないではないか。わざわざ自分の命をなくすこともないわけだ。自分の頭を殺害までするのだから、最悪の手段をとったことになる。大勢の前で、自分の首領を殺害すれば、相手の首領(弥太郎)にも害が及ぶことも確実だ。偶然平蔵たちがやってきて、その場を治め、死傷者はわずかだったが、そうでなければ、同然全員討ち死にのような形になって、双方の組そのものが消滅したかも知れない。それが、弥太郎への命懸けの返礼だというのでは、あまりに愚かな行為だ。盗賊の世界をずっと生き抜いてきた人物とも思えないような愚かさだ。
二人の対照的な盗賊の首領が、実は父親同士は親しく強力し合っていた関係だったが、子どもはまったく違うタイプの盗賊として、跡目を継いだ。手洗いやり方で組織を拡大した繁蔵に対して、おつとめ三カ条を守ったが、ぼろぼろと仲間が離れていった弥太郎。仕事には厳密だが、人間関係には甘かった弥太郎は、あやうくだまされて組織を乗っ取られかかったが、父親の恩義を感じていた繁蔵の手下の久五郎に、生命をはった介入で救われる。おそらく、そのまま推移すれば、繁蔵の思惑はうまくいったのだろうが、平蔵が飛び込んできたことによって、弥太郎たちも捕縛されてしまう。弥太郎がどのように処罰されたかは書かれていないが、おそらく平蔵は、勘助のみ密偵にしたのではないだろうか。もしかしたら、役宅の料理人にしたかも知れない、などと勝手なことを想像したくなる。