五十嵐顕考察29 「教育財政学」はなぜ書かれなかったのか

 昨日は、著作集の編集委員会があり、編集委員会といっても、半分は研究会で、報告と討議がある。昨日は、五十嵐論の総括的な柱の報告があって、時間の関係でほとんど討議できなかったのだが、非常に充実した報告で、興味深かった。この報告について触れることはせず、また、充実したものであることを確認したうえで、私が聞いていて、主に考えたのは、こうした個人の業績を考える上で、研究者であれば、当然書かれた文章を素材にして考察するのだが、(そして、この報告は主要な本を素材にしていた)私は、むしろ書かれるべきであったのに、書かれなかった素材のことであった。もちろん、だれでも、あらゆることを書くことはできないのだが、専門領域については、当然かかねばならないことがある。そして、五十嵐は、東大の教育財政学講座の担当者だったということも、書かねばならないことがあると、多くのひとは考える。それは、「教育財政学」という総括的な著作である。実際に、五十嵐は、晩年それを書こうと努力していたといわれている。しかし、長い研究生活のなかで、ついに、そのような本が書かれることはなかった。

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現在の民放の方式はいつまで続くのか

 あまりテレビをみない、というより、食事のときだけテレビをかける。そして、だいたいはニュース色の強いワイドショーだけだ。ジャニー氏の問題への弱腰など、あるいは木原問題もそうだが、ジャーナリズムとしての弱さはさておき、最近、CMが変化しているようにおもわれてならない。単純な感じ方に過ぎないが、とにかくやたらとCMの本数や時間帯が長くなっている。羽鳥モーニングショーのあとに、高田純次の自由散歩という番組が続くのだが、この番組は約30分なのだが、半分程度はCMのような気がする。そして、さすがに何度もというのではないが、あるとき、取材のような宣伝を10分くらいやっていた。高田の番組が終わって、次の番組になっているのかとおもったほどだ。しかし、それは単なるこの高田純次の番組内のコマーシャル放映だったのだ。その証拠に、そのあとで高田によるエンディングがあった。その前の羽鳥モーニングショー内でも、以前よりずっとCMの種類と時間が拡大しているように感じる。

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ジャニーズ事務所崩壊がみえてきた

 7日にジャニーズ事務所の新旧社長と井ノ原氏、そして、弁護士4人が出席した記者会見が行われ、4時間をこえる質疑応答が実現した。途中で質問を打ち切ることなく、挙手していた人は全員指名したということだ。そういう姿勢は評価されているが、会見後、厳しい意見が、とくにyoutubeでたくさん流されている。その主なものは、事務所名を変更しないことに対する批判と、東山氏の加害者性の告発である。事務所名を変更しないことだけが影響したわけではないだろうが、その結果として、これまでのスポンサーが続々とおりる、またはおりることを検討している状況になっている。現在は、主にCMにジャニーズ事務所のタレントを起用することをやめることに留まっているが、そのうち、テレビ番組で採用させない動きがはじまる可能性もある。もちろん、テレビ局側は使いたいというだろうが、スポンサー側でイメージ低下をおそれて、他のタレントを使うように要求するかも知れない。CM排除も当然かなりの損失だろうが、テレビ番組でジャニーズ事務所のタレントは使わせない、という状況になれば、事務所としてもたない可能性が高いだろう。結局、事務所を解体せざるをえなくなるとも考えられる。実際に解体して、所属タレントたちが、他の事務所に移籍する場合もあるだろうし、また、一端解体して、まったく別の組織として再編し、新しい事務所に留まるタレントがどのくらいいるのかわからないが、他にいくタレントと分裂することは間違いないだろう。

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土屋邦雄氏のドキュメント

 youtubeで土屋邦雄氏のドキュメントをみた。テレビで放映されたものらしいが、制作は1999年ということなので、四半世紀前のもので、さすがにふるめかしい映像が多かったが、非常に興味深い内容だった。
 土屋邦雄といっても、知らない人が多いかも知れないが、日本人として初めてベルリンフィルの団員になった人で、40年間勤めたという。おそらく、定年になった時点で、テレビ局がドキュメントを制作したのだろう。単にベルリンフィルで活躍したというだけではなく、入団が1957年で、その後ベルリンの壁ができ、そして、やがて壁が崩壊した、というその歴史をベルリンに住んで体験してきたという意味でも、たくさんの情報をもっている人だろう。ただ、さらに3年ほど前に入団したのであれば、フルトヴェングラーの時代だったので、フルトヴェングラー、カラヤン、アバドという3人の常任を経験したことになるので、もっと興味深い事実を聞けたのではないかと思うが、それは仕方ないことだろう。

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チャイコフスキーを拒否するウクライナバレエ

 9月1日に放映された深層NEWSをyoutubeで見た。ウクライナ国立バレエが日本公演を行ったことを契機とした番組と思われるが、戦時中にあるウクライナのバレエをめぐる状況が伝えられ、コメンテーターのコメントがなされていた。
 内容は、昨年2月から5月くらいまでは、まったく公演ができない状況になってしまい、また、かなりのダンサーが亡命したという。160人(?)くらいいたダンサーが30~40人になってしまったという。ちなみに、総監督は、若いころからウクライナで学んで、ダンサーになっていた日本人のかただそうだ。ロシアが侵略してきた当初に、兵隊としてキーウの防衛に従事したダンサーが登場して、父親は現在も前線にいるというようなことが語られていた。

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ワードパッドがなくなるようだ

 今日のヤフーニュースに「もうすぐさよならワードパッド」と題する記事があった。
 
 多少驚いたのだが、その驚きの内容は、むしろ、いまでもワードパッドってあったのか、というほうが強かった。たしかに、かなり前には、試しに使ってみたことはあるが、本格的に使ったことはない。いまこの文章を読んでいる人のなかにも、ワードパッドって何?という人も多いのではないだろうか。マイクロソフトのWindowsには、標準で、リッチテキスト編集のためのワードパッドと、プレーンテキスト編集のためのメモ帳というふたつの無料のソフトが標準でついている。ワードパッドは、要するにワープロである。メモ帳はいわゆる「テキストエディタ」だ。

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ジャニーズ事務所会見、あれこれ

 ワイドショーなどは、ほぼこの話題一色、(もちろん台風情報はあるが)だが、ネットでの意見も実にさまざまだ。しかし、まだまだ、すっきりしない面が多々ある。書きながら考えてみることにする。
 東山という人は、タレントとしての実力などは、私にはわからないが(そもそもドラマなども見たことがない)、ただ、身体を毎日鍛えているという話を読んだことがあって、それには非常に感心した記憶がある。なにしろ、毎日腕立て伏せを1000回やると書いてあったのだ。もちろん、腕立て伏せだけではなく、その他さまざまなトレーニングをしていて、そのなかの腕立て伏せなのだろうから、すさまじいくらいの鍛練ぶりだ。スポーツ選手ならいざしらず、芸能タレントなのだから、そのストイックな姿勢には、率直にすごいと思っていた。

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ジャニーズ事務所の会見

 今回も例によって、わざわざ見たわけではないが、丁度食事時だったので、けっこう長い時間、ジャニーズの会見をみていた。ここのタレントには、まったく興味がないし、今後どうなっていってもかまわないのだが、問題になっていることについては、やはり、関心をもたざるをえないし、また、単純にここにでてきたひとたちを非難するのもどうか、という感じがある。ただ、今回の一連の流れのなかで、普段とは際立って違う現象があったことについては、面白いと思った。他のひとたちには、それほど重要ではないかも知れないのだが。
 第一は、事務所から正式に依託された第三者委員会である再発防止委員会が、依託先にたいして、遠慮会釈のない厳しい報告を提出したということだ。責任者に、元検事総長の林氏をすえていたことで、事務所もかなり本気で受とめていると感じていたが、あれほど依頼主に忖度しない報告も珍しい。そして、その提言にしたがって、藤島社長が退任し、所属タレントの最年長である東山紀之氏と、タレント養成のためのジャニーズアイランドの社長をしている井ノ原快彦氏、そして弁護士が出席していた。新しい社長は、いろいろな人に頼んだが、いずれも断られ、結局、所属タレントの東山氏がやらざるをえなくなったという事情らしい。

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アシュケナージのこと 2

 アシュケナージのソロ集が届いて、けっこうな枚数聴いてみたが、あらためて、この曲はこう弾かれるべきものだ、という確固たる安定感があることに気がつく。それは、ベートーヴェンでも、シューベルトでも、シューマンでもそうなのだ。特別に個性的な演奏ではない、というより、そういうことをまったく志向しない、ごく標準的な解釈で、充分に音楽として感動できるのだ、という姿勢だろうか。

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岸田内閣は統一協会を解散させるか 本当の問題は

 統一協会の解散について、正反対の記事がでている。ひとつは、文科省が、秋に解散のための手続にはいるというもの。すると、裁判になるわけだ。それにたいして、それは間違いないが、既に解散命令の判断を裁判所はださないことで、手打ちができている、というものだ。実際のところは、まだ手続にはいっていない段階なのだから、文科省が本当にそうするかどうかもわからないし、また、裁判所に判断が委ねられた段階で、本当に、予め「手打ち」などが可能なのか。そういうことが可能であるとすれば、日本は、法治国家とはいえない。木原事件をみれば、既に法治国家など、とうに死んでいるともいえるのかも知れないが。
 統一協会の解散は、当然のことだろう。もっとも、解散といっても、日本における宗教法人としての法人格を失うだけで、宗教団体としてなくなるわけではない。オウムは、殺人事件などを多数おこしていたから、宗教団体としても解散し、別団体に分裂したが、統一協会は、本部が外国にあり、宗教団体として、どうどうとこれまでとおりの活動をするのではなかろうか。しかし、税金を収めなければならないから、活動内容が、これまでよりはずっと国家機関によって把握されることになる。また、統一教会は、韓国に対する、日本における資金収奪の機関だったが、その機能は若干低下すると思われる。それにしても、あれほど批判されたにもかかわらず、集団結婚式が行われ、日本からも多数参加したというのは、不可思議なことだ。

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