ベトナムはどうか。
1 戦後の全国的社会主義経済建設1975から1986年
戦後の経済の混乱、1978年のカンボジア侵攻後の経済制裁
生理的欲求すら満たされない状況
2 市場経済への以降準備から開始 1985~1990
当初は市場経済がうまく機能せず。
生理的欲求と安全欲求のあいだで一進一退
3 社会主義志向型市場経済の実施1987から2000
市場経済が次第に機能。国民総生産も増大。国際社会への復帰。
安全欲求が満たされるように。次第に愛と所属欲求も。 “読書ノート「経済発展にともなう制度的環境変化と心理的段階推移の日越比較」5” の続きを読む
読書ノート「経済発展にともなう制度的環境変化と心理的段階推移の日越比較」4
では、具体的にどのようにマズロー理論を日越の経済発展にあてはめているのかをみよう。
日本は次のようになっている。
1 占領の時代 1945~1952
前半は、戦災からの復興 生理的欲求の時代
後半は、企業が社内食堂設置など不安が払拭される措置 安全の欲求の時代
2 55年体制と高度成長 1953~1973
農村から都市への移動の時代 愛と所属の欲求時代
高度成長後 承認の欲求が生じる
3 安定成長期1973~1980年代前半
承認欲求が満たされつつも、円高不況で承認欲求がおぼつかなくなる。
4 バブル経済とその崩壊1985以後
自己実現の欲求はおろか、承認の欲求まで失ってしまった。 “読書ノート「経済発展にともなう制度的環境変化と心理的段階推移の日越比較」4” の続きを読む
読書ノート「経済発展にともなう制度的環境変化と心理的段階推移の日越比較」3
また脱線してしまうが、集団主義は非常に難しい実態である。日本は集団主義の国だという。とくに学校教育では集団を重視して、班活動を行ったり、集団登校などを組織したりする。しかし、私は常々日本はそんなに集団主義の強い国だろうかという疑問をもっている。というのは、スポーツで日本が強い種目をみてみると、柔道、水泳、レスリングなどだ。これはいずれも個人競技である。サッカー、ラグビー、バスケットボール、バレーボールなど、かつて強かった競技もあるが、現在は、やはり、柔道やレスリングなどに比較して弱い。これらは集団スポーツである。つまり、結果が現われやすいスポーツでは、日本人は集団競技は弱く、強い競技はたいてい個人競技だ。 “読書ノート「経済発展にともなう制度的環境変化と心理的段階推移の日越比較」3” の続きを読む
読書ノート「経済発展にともなう制度的環境変化と心理的段階推移の日越比較」2
本論文は、「経済的変化の背景に横たわる心理学的問題の分析」を試みる論文である。それをベトナムと日本の比較的考察において行うとしている。ここに既にふたつの興味深い論点がある。
経済の発展にいかなる心理的影響力があるのかということ、それが現実的に異なる経済システムや文化様式をもった国に、どのような異なった形で現われるのか。
そして、ベトナムと日本を比較対象として考察するという点である。 “読書ノート「経済発展にともなう制度的環境変化と心理的段階推移の日越比較」2” の続きを読む
読書ノート「経済発展にともなう制度的環境変化と心理的段階推移の日越比較」幸田達郎
経済の発展とは何かという基本問題は、定説があるのかどうか、経済学が専門ではない私には厳密にはわからないが、生産力や生産性、それを支える経済的・政治的システムなどが総合的に判断されるのだろう。では、発展する理由は何なのだろうか。長い時代同じような生産が行われ、生産力がほとんど変わらない社会も歴史的には存在した。遠い昔は別として、封建時代から何故資本主義生産が発展してくるのか、また、資本主義経済においても、いろいろな段階がわけられるほどに、発展は可視的である。そういう展開は何故生じるのか、まだ明確な説は存在しないのだろう。
まったく別の視点で、マルクスの「資本論」は、資本が自然法則のように、いわば人間の問題を捨象して、展開していく過程を描いて見せた。自然史的過程としての資本の法則である。しかし、マルクスとしても、それが現実の社会のなかで、その通りに展開していくわけではなく、さまざまな要因、歴史的な社会状況、自然、人間的要素(文化・教育など)が絡み合って、実際の経済現象が生じるのだから、やはり、資本主義が本来内的な発展要素があるとしても、それを現実に動かしていくのは人間である。では、人間のどのような側面なのか。 “読書ノート「経済発展にともなう制度的環境変化と心理的段階推移の日越比較」幸田達郎” の続きを読む
小学校校長が校内飲酒で処分
福島県の小学校で、校長が飲酒で再三教育委員会から注意を受けていたが、是正されず懲戒処分をうけたという記事があった。「「アルコールのにおいがする」小学校の校長が校長室で“飲酒” 市教委が計9回指導・福島」https://news.yahoo.co.jp/articles/724853b992721c505db7330b6e8202f96cdd335e
また別の記事では、「校長が児童を突然怒鳴る、学校内の飲酒で発覚 市教委の報告漏れも」https://news.yahoo.co.jp/articles/4554274c6bc3eeb291b1d9566dcbcd0f873d1b65
正確にはわからないが、同一の校長だと思われる。
最初は前者の記事を読んでいたのだが、後者の記事を読むと、校長が女性で、暴言をはいていたことが書かれている。このようなことが起きても、別にあまり驚かなくなっている自分が、少々怖い気もするが、現在の日本の校長の存在形態からみれば、別の形ではあれ、問題をもった校長や教頭が少なくないことは、充分に推測できる。 “小学校校長が校内飲酒で処分” の続きを読む
「鬼平犯科帳」お酒の話
徳川時代の江戸という都市に関する本を読んでいたら、とても面白い部分があった。それは、江戸時代にどのくらい酒が消費されていたかという話だ。
北原 進『 百万都市 江戸の経済』 (角川ソフィア文庫) に以下のような記述がある。
「酒は下り酒に加えて、関東の地酒も入り、合計百万樽ちかく江戸に入ったらしい。四斗入りの一樽は一升ビン十本分、だから江戸の人は、武士も町人も、男も女・子供も、一人あたり一年間に四斗の酒を飲まないと、消費しきれない感情である。」
徳川時代の江戸という都市は、極めていびつな人口構成をしていた。圧倒的に男性が多い社会だったわけである。そして、人口の約半分を占める武士はまったく生産活動に従事していなかった。もっぱら消費だけをする。そして、江戸に恒久的に住んでいる武士は、どの程度の割合かわからないが、かなりの部分は参勤交代で一年間江戸に着ている家来たちだから、ほとんどが男である。武士以外のひとたちも、流入民も多かったが、彼らも圧倒的に男性たちだったらしい。 “「鬼平犯科帳」お酒の話” の続きを読む
読書ノート「北の詩人」松本清張
松本清張の「北の詩人」は、実在の人物林仁植という人物をモデルにした小説だが、史実とどの程度違い、合致しているかは、まだまだわからない面があるのだそうだ。それは資料的に現在でも絶対的に不足しているからということらしい。
小説では主人公の名前は林和、ソウルに生れたプロレタリア詩人ということになっている。日本の植民地時代に日本の特高に捕まり、協力を条件として釈放される。ただ、日本の場合と違って、転向声明などをだすのではなく、あくまで非転向という体裁をとるが、実際には協力者、つまりスパイとなるという設定である。この点は、実際に日本と朝鮮における特高警察の対応に違いがあったのかどうかはわからないが、小説のなかで、戦後、つまり朝鮮にとっては解放後、アメリカ軍に協力させられるなかで、かなり複雑なことを要求されるので、日本のほうが楽だったという感想を述べるくだりがあって、考えさせられた。 “読書ノート「北の詩人」松本清張” の続きを読む
村上早速の社会貢献
ポスティング・システムでアメリカ大リーグ入りをめざしていた村上宗隆内野手が、シカゴのホワイトソックスに決まったというニュースは、多くの日本人野球ファンをほっとさせただろう。交渉期限ぎりぎりまで決まらず、今回はどこからもオファーがないのではないかという噂まで飛び交っていたからだ。決まった経過の詳細は、まだわからないが、いろいろと話はあったらしい。真偽のほどは、またまた不明だが、ドジャースからとの交渉もあったという情報もある。ところが、かなりの好条件を求め、当初から試合に出場できるような要求も村上側からだしており、それにたいして、ドジャースは村上の守備位置にはすでに不動のレギュラーがいることから、むしろ長期的な観点での育成を念頭においていた、という擦れ違いから、話がまとまらなかったという。本当に村上自身がそんな条件をだしていたのか、あるいは代理人の意向が強く反映していたのかも不明である。契約金額の歩合で成功報酬になるはずだから、代理人はできるだけ高く売りつけようとする傾向があるようだから、村上自身の意図ではないような気もするのである。 “村上早速の社会貢献” の続きを読む
核保有国は攻撃されないか?
ここ数日間、日本も核保有すべきだ、という政府高官のオフレコ発言が、表にでてきて、国際的、国内的に大きな問題・議論になっている。高市政権になれば、いずれ出てくるだろうとは思っていたが、意外に早かったという感じだ。高市支持派は、台湾有事発言と並んで、喜んでいるようだが、わざわざこうした波紋を起こしてどうするんだと思わざるをえないのが正直なところだ。
日本は唯一の被爆国なのに、という反論は、当然でてきているのだが、そうした観点ではなく、もう少し違う観点から考えてみたいと思うのである。
核保有論は、だいたい以下のような主張を含んでいるように思う。
1 世界は武力による脅し、実際の攻撃など、現実に起きており、日本が何時攻められてもおかしくはない。 “核保有国は攻撃されないか?” の続きを読む