最近のショパンコンクール優勝者は伸び悩み?

 クラシック・ジャーニーという方の「雑感: ショパン国際ピアノコンクール2025」(https://ameblo.jp/classic-journey/entry-12943037519.html)という文章が面白かったので、ショパンコンクールに関して、私も雑感を書いてみることにした。
 シャーニー氏は、ショパン・コンクール優勝者で数万円払ってリサイタルを聴きたいひとは、ポリーニ、アルゲリッチ、そしてぎりぎりツィンマーマンなのだそうだ。そして、ポゴレリッチ事件以後の優勝者は、ほとんど評価に値しないように評価しているようだ。
 考えてみると、ショパンコンクールというのは、事件やトラブルが目立つコンクールで、他の代表的な国際コンクールでは、あまりそうしたトラブルはきかない。私の記憶で最初に印象に残っているのは、アシュケナージ事件だろう。多くのひとがアシュケナージが優勝すべきとみなしていたのに、二位になり、優勝したのはポーランド人のハラシェビッチだった。その評判とおり、アシュケナージは圧倒的なピアニストになったが、ハラシェビッチは極めて地味な存在のままだ。このときは、審査員のミケランジェリが抗議をして審査員を辞任している。真偽のほどはわからないが、私が読んだ文章に、ショパンコンクールの優勝者は予め、ソ連の実力者たちによって決められていると書かれていた。アシュケナージの実力は当然認識されていたが、ショパンコンクールのすぐあとに新たに創設されるチャイコフスキーコンクールの権威を高めるために、そこでアシュケナージを優勝者とすることが、決まっていたというわけだ。そんなやりかたに納得がいかないのは当然で、アシュケナージは後年亡命している。
 このときの騒動で幾分の反省があったのかわからないが、次の大会では、ポリーニが圧倒的な強さで満票で優勝した。審査委員長のルージンシュタインが、審査会のときに、審査員を前にして、ポリーニは「この中のだれよりもうまい」といったことは有名だが、これで、ソ連実力者による決定などが粉砕されたのだろうか。
 ツィンマーマンのときにも、けっこう騒ぎになった。ソ連のディナ・ヨッヘのほうが優れていたというひとがけっこういたのだが、その後の両者の成長をみると、ツィンマーマンのほうが断然活躍しているから、このときの審査は適切だったのだろう。しかし、その後の優勝者は、ジャーニー氏のいうように、ポリーニ、アルゲリッチ、ツィンマーマンのような、誰もが認めるトップクラスのピアニストにはなっていない。なぜピアノコンクールのトップに君臨するのに、近年優勝者たちのその後の活躍がむしろ見劣りするのは何故かという問題は、考察に値することだろう。
 よく言われることだが、優勝すると、演奏会のオファーが殺到し、それに応じていると、まだまだ若いから勉強が必要なのに、その機会を失って、伸びなくなってしまうという説だ。とくに、ショパンコンクールの優勝者たちには、当然ショパンを弾くような要請が強いだろう。他のコンクールであれば、さまざまな作曲家の曲を演奏するわけだから、オファーも多様に答えることができる。ショパンの協奏曲ばかり弾いていれば、才能も伸び悩むというわけだ。
 ポリーニは、優勝後、演奏会のオファーを受けず、10年間勉強に専念した。ツィンマーマンはそういうポリーニの姿勢を高く評価していたから、それに近い対応をしただろう。まったく演奏会をしないというわけではなくても、極力減らして勉強にあてたということだ。これは、シューマンとグリークのCDをだしたときに、共演のカラヤンに気に入られて、どんどん録音しようというカラヤンからの要請があったけれども、自分には勉強が必要だからといって、断ったのだ。アルゲリッチは、優勝したときには、20代後半で、自立した演奏家になっていたから、別格だったといえよう。
 コンクールというのは、本当に難しいものだ。近年のショパンコンクールからは、たしかに、トップクラスを維持するひとがでてこないにもかかわらず、コンクールの「繁盛」ぶりはすごい。youtubeを活用した演奏の公開などが、大きな要因になっているのは確実だろう。そして、これだけ話題になっているから、たしかに、ファイナルに残るひとは、本当にうまい。しかし、コンクールの優勝というのは、プロのスタートラインに立ったというだけのことだ。その後も成長していくことが必要なので、演奏会の要請に答えつつ、勉強と研鑽の時間を確保していくという、難しい課題がまっている。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です