シャーロック・ホームズ こんな改変はありか「未婚の貴族」

 ジェレミー・ブレッド主演の「シャーロック・ホームズ」シリーズは、原作に忠実で、ホームズのイメージも、数あるホームズドラマの中で、最も原作に近いという評判のものだ。しかし、特に、撮影後期の作品には、原作と異なる内容をもったものがある。その代表例が「サセックスの吸血鬼」と「独身の貴族」だ。「サセックスの吸血鬼」をyoutubeでみたときに、あまりに原作と違うので、今回飛ばして、「犯人はふたり」「独身の貴族」と進んだ。ところか、「独身の貴族」は、あまりに内容が違うのに驚いてしまった。「サセックスの吸血鬼」は、原作にまったくないゲスト主人公のような人物を登場させ、そちらと村人たちの緊張関係に焦点をあてているような作りであり、原作に盛られた「吸血鬼」については、多少の変更はあるが、一応盛り込まれている。だから、原作に、まったく新しい内容を加えたものになっているが、「独身の貴族」のほうは、原作の内容を酷く歪め、キャラタクーの性質を逆転させてしまっている。そして、全体の雰囲気もまったく異なるオカルト的になっている。こういう改作はありなのか、と疑問をもたざるをえないものだ。

 
 原作は極めて単純で、解決もごくあっさりしている。
 イギリスの貴族であるセント・サイモン卿とアメリカの富豪の娘ミス・ドーランとの結婚式があり、その後披露宴に移る前に、花嫁が失踪してしまった。そこでサイモン卿が、ホームズに相談にくるのだが、ホームズは直ぐに事件の骨格を察知し、事件を解決してしまう。つまり、ミス・ドーランはアメリカで極秘に結婚していたが、父は許さず、相手モールトンは、成功して富豪となり、イギリスにやってきて、結婚を知り、式の行なわれ る教会に出かけ、それに気付いたドーランが彼のメモに従って、逃亡してしまった。富豪が宿泊しているところを追跡して、ホームズが二人をみつけ、サイモン卿に説明するように説得して、ホームズの部屋で一同面会し、事件の真相が明らかになる。
 
 つまり、ここに登場する人物は、誰も悪人ではないし、犯罪を行なったわけでもない。ところが、ドラマでは、セント・サイモン卿は、かなり落ちぶれて逼迫した貴族で、結婚詐欺で相手の財産を取り上げるという犯罪を繰りかえしている。最初の妻は殺害され、2番目は精神病患者にされて、城に押し込まれている。また、原作には、名前だけ登場するフローラ・ミラーという女優が、サイモン卿に巣切られた愛人として登場、狂気のごとくサイモン卿につきまとい、最期は、サイモン卿に殺されてしまう。
 そして、ホームズは悪夢にうなされ、ほとんど正気を失っている状態である。そこに、ホームズに気にいられるような事件がないので、不満をぶちまけ、なお一層精神状況が悪化する。
 サイモン卿は、怪しげな小劇場に出かけ、そこで、ドーランとの結婚で得る財産で、城の借金を払う相談などをしている。
 結局、ホームズは、2番目の妻が城に監禁されていることを知り、助けにいく。同じ時期に、ドーランは、モールトンの引き止めるのを振り切って、城を見にいく。この理由が、いまいちわからない。そして、ドーランはサイモン卿とその手下に殺されかけるが、サイモン卿は殺害を手下に任せたあとで、2番目の妻の監禁場所に出かけていくと、妻が作った、積み上げた石を崩すしかけにかかって、圧死させられてしまう。ホームズは、その妻とミス・ドーランを救助する、というめでたしの最期になる。
 
 驚きの改作だ。完全に失敗作とみなさざるをえない。あまりにも、リアリティに欠ける部分が多い。
 まず、深く掘った洞窟のようなところに閉じこめられ2番目の妻が、ずっと高いところの入口の更に上のところに、石を積み上げ、それを下で引っ張ると崩れるようなしかけを作れるとは、とうてい思えない。そんなことができるなら、簡単に逃げられるはずだ。だが、7年間もそこに閉じこめられていた。
 次に、ミス・ドーランが、サイモン卿の犯罪を知った段階で、2番目の妻を探すのか、あるいは城をみたいだけなのか、城に出かける。それなのに、夫であるモールトンは一緒にいかない。危険だからやめろ、といいつつ、一人で女性がいくのを認めてしまうのか。そして、城にいくと、放し飼いにしている豹を、サイモン卿にけしかけられて襲われそうになるが、ミス・ドーランは巧みににげ、サイモン卿の手下が豹に襲われて死んでしまう。その前にドーランのいる場所に豹が紛れ込んでくるのだが、ドーランはじっと豹をみつめていると、豹が引っ込んでしまうのだ。そして、そのあと手下を襲うことになる。
 サイモン卿が、フローラ・ミラーを殺害する場面も、あまりに不自然だ。手紙で呼び出し、舞台のあたりにきたときに、ずっと高いところにいたサイモン卿が声をかけると、うれしそうに応対したミラーに対して、舞台の上につるしたある重い大道具を落して、ミラーは下敷きになって死んでしまう。ところが、舞台のある周辺には誰もいないのだ。
 一番不自然なのは、殺人鬼ともいうべきサイモン卿が、妻が消えてしまったとはいえ、ホームズに相談にいくだろうか。ホームズが、犯罪者のために働くことはないし、そんなことは当然知られていることだ。ホームズに相談にいけば、逆に自分の犯罪が暴かれてしまうではないか。もちろん、そうしたのは、原作がそうなっているからだろうが、これだけ原作を逆転させているのだから、相談にいくのは別人にしたほうがよかったのではないか。
 
 いかに原作と違うかは、わかってもらえたと思う。ここまで改変してしまうと、多くのシャーロック・ホームズファンは、受け入れがたいのではないだろうか。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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