日本では、欧米のような徹底した対策は、とれない、それは憲法のせいだ、という議論が、ネット上には多数みられる。おそらく、憲法改正したい政治家たちの思惑にのせられているのだろうけど、少し考えれば、おかしいことがわかるはずだ。そして、憲法の専門家であるひと達ではなく、むしろ素人のコメンテーターやSNSでの書き込みが顕著である。
例えば、次のような意見がヤフコメに載っていた。1000以上もあるコメントのひとつで、わざわざアドレスは載せないが、このような見解は、いくらでもある。
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ロックダウンなど個人の権利制限は日本は出来ません。憲法違反になりますから。
立憲民主や反政府的立場の学者は拡大解釈によって憲法下でも権利制限の立法が可能だととんでもない危険な思想をひけらけしていますが、明らかに憲法違反となる法を作る危険性を軽視してはいけません。「日本の憲法は緊急事態が起こり得ない」ようになっています。緊急事態とは戦争を含みますので、憲法で緊急事態の概念を否定しているのです。
これ、憲法が間違ってますよね。戦争ではなくともこうやって現実に緊急事態が起こっているのです。
欧米各国では憲法に緊急事態要項があり、緊急事態宣言を発布すれば憲法で守られる個人の権利を一定程度制限して国策を強要する事が出来ます。こうやって欧米では民間病院にも強制的にコロナ患者を受け入れさせて医療崩壊を回避しました。
これは今の日本では憲法違反なので絶対に出来ない、やってはいけない事なのです。
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こうした意見の特徴は、そもそもロックダウンのような措置を望んでいるのか、そうでないのか、あまり明確ではないことである。欧米では、個人の権利を制限して、強制的に患者を入院させて、医療崩壊を防いだと主張していることから、こうした強制措置をとるべきだと考えているように思われる。他方、憲法違反になるから、日本ではやってはいけないと、個人の権利制限をしてはいけないと主張する。つまり、どっちが本心なのかわからない。
これは、論理に忠実ではないだけではなく、事実を認識していないからであろう。つまり、もっとましな「憲法では私権制限できない」論でも、ほとんどが事実誤認に基づいているから、憲法改正のために、意図的に歪曲しているかのどちらかだろう。
現在は事情が異なるが、かつて「法定伝染病」に罹患したものは、隔離病棟に収容されていた。1998年までその措置は存在したのである。現行憲法において実施されていたものである。現在は、強制的な隔離をすることがなくなり、法定伝染病という言葉も使わなくなったが、それは、憲法に違反するからではなく、社会的に適切ではないと判断されたからだろう。周知のように、現在の感染症法による指定感染症の一類、二類では、入院措置・勧告がなされることになっている。現在、入院しないで、自宅待機やホテル収容になっているのは、入院のキャパシティがないか、あるいは、重傷患者のために、ある程度空けておく必要がある、あるいは、財政的理由であって、法的には可能なのである。そして、これが憲法違反だとされているわけではない。
営業に関しても、完全に自由であるわけではなく、認可が必要であったり、守るべき条件が課せられ、違反すると営業停止になることは、珍しいことではない。
もちろん、日本でも欧米のようなロックダウンをしたほうが、確実に感染を抑えることができるという意見はある。しかし、政府がそうしたロックダウンをしないのは、けっして、憲法的にできないからではないことは、明らかである。GOTOキャンペーンをみればわかるとおり、感染拡大をさせる危険性があるにもかかわらず実施したわけであり、政府は、経済活動をとめてまで感染拡大を防ごうという意志がないのが、真実である。ロックダウンは、文字通り、ほとんどの経済活動をとめてしまうことであるすれば、政府のその意志があれば、実行可能である。すべての経済活動をとめる代わりに、そこで生じる損失を完全に補填すれば、ほぼ完全に経済活動はとまるはずである。すべての企業、営業活動が停止した状態で、「外出自粛」を要請すれば、ロックダウンと同じことが実現することになる。確かに、そうすれば、感染拡大を極めて効果的に抑えることができるのかも知れない。
しかし、日本政府は、おそらく、そんなことは絶対にしないだろう。完全な経済的補償をする気がないからだ。また、私自身、それは不可能だと思っている。では、逆に、憲法でそうしたことが可能になっていれば、日本政府は実行しただろうか。いくら、憲法にロックダウンを可能にするような、「緊急事態条項」を設定したとしても、なんら補償なしに、それを実行しようとしたら、政府が倒れるだろう。いくら大人しい日本人でも、そんな政府を許しておくはずがない。労働者が立ち上がらなくても、大企業の幹部たちがだまっているはずがないのだ。ということは、ロックダウンをするかどうかは、憲法上の規定とは関係がないということであり、部分的な権利制限は、現行憲法でも、認めており、そして、現実に多様に行われているのだ。
他方、ロックダウンなどの私権制限措置が、適切なコロナ対応であるかは、また別問題だ。徹底した検査、陽性者の隔離、ワクチン、治療薬こそが、大事な取り組みであり、これが実行されていれば、マスク・手洗いなどの個人の守るべき作法を、みなが厳守していれば、ロックダウンなどは不要というべきだろう。
たくさんの人が既に指摘しているが、強力な私権制限をするためには、憲法改正が必要だというのは、まったくの間違いであって、火事場泥棒的に、憲法改悪をしてしまおうという、歪んだ意志としかいいようがない。