和歌山ドンファン殺害事件の進展につきまとう疑問

 和歌山のドンファンこと野崎氏殺害容疑で、元妻が逮捕され、連日ワイドショーを賑わせている。警察の執念を礼賛するものもあるし、また、状況証拠だけで大丈夫なのかという疑問を呈する意見もある。そして、発表はしていないが、確実な物証を掴んだのではないかという憶測もある。
 また、何故今の時期に?という疑問もだされている。ドバイに逃避しようとしているので、それを未然に防ぐ必要があったのだ、という見解、そして、政治的思惑があったのではないかという見方すら示されている。何か、政権にとって不都合な事態が続くと、社会的事件が目隠しとして活用されるという意見だ。今回でいえば、コロナ対策の不手際が続いて、オリンピック開催へ疑問がどんどん出てくる状態に対して、世間の批判を逸らす目的だというわけだ。沢尻エリカ容疑者が逮捕されたときにも、そのような意見がけっこうだされていた。

 確かに、菅政権は、打つ手打つ手がマイナスに受け取られて、ネット上で炎上している。看護師500人問題しかり。菅首相が、仕事についていない看護師がたくさんいるから、500人くらい集められると述べたところ、たちまち非難の嵐が起きた。丸川オリンピック担当大臣が、都の返答がないと記者会見で不満を述べたことで、オリンピック関係組織間の足並みの乱れが露呈してしまった。
 そういうタイミングで、このニュースだから、確かに、政権の不手際に対する目くらましになっていることも否定できない。それを意図して、現時点での逮捕に踏み切った、と断定することは、私にはできないが、そんなこともありうるとは漠然と思う。
 ただ、この逮捕そのものに不安を感じる人は、少なくないようだ。
 この事件を知ったとき、同じ和歌山県で起きた「砒素入りカレー殺人事件」を思い出した人も多いだろう。あの事件では、町の祭で振るまわれるカレーに砒素が混入していて、死傷者が出た事件である。犯人とされた女性は最高裁で死刑が確定しているが、再審請求がだされ、審理が続いている。一審までは黙秘を貫いていた容疑者が、二審から無罪を主張するようになり、現在は、砒素の同一性判定をめぐって、攻防が行われているようだ。そして、カレー事件も、犯人を特定する物証がなく、状況証拠によっている。今回のドンファン事件でも、基本は状況証拠であるので、裁判はかなり難しいものになるだろう。
 メディアの扱いは、いつも気になるのだが、もう犯人と決め付けるような扱いをしていることだ。これは、この事件に限らず、容疑者が逮捕されると、その時点で犯罪者であるように報道するのは、やはりおかしいのではないだろうか。特に、今回のような物的証拠がなく、何か苦し紛れな逮捕の場合、無罪になる可能性もある。日本の有罪率は極めて高いが、それは、検察が有罪を確信した場合のみ起訴するからだと言われるが、私の見る限り、必ずしもそうではない。世論の圧力、あるいはメディアの過熱報道などに押されての起訴も、少ないが存在しているのではないだろうか。
 それは有罪の認定が甘いのではないかという推測もなりたつ。有罪とするには、物的証拠があることが原則である。明らかに物的証拠があり、また、容疑者が自白している場合には、報道上、犯人扱いになるのも、仕方ないという考えもあるだろうが、それも、やはり判決が出るまでは、容疑者として扱うべきだろう。そして、物的証拠がない、容疑者も否定している、あるのは状況証拠だけだ、というような場合の報道は、もっと慎重に行うべきではないだろうか。
 状況証拠しかない場合には、想像力によって、合理的な疑いが提出される度合いが異なると思われる。弁護士の能力や熱意によって、かなり変わってくるはずである。ということは、最終的には、無罪の可能性だったあるのだ。刑事裁判の原則は、無罪推定である。私も内心では、元妻があやしいとは、前々から思っていたが、それは、あくまでも推測に過ぎない。
 
(参考)「情況証拠による事実認定と無罪推定」内山安夫 https://www.u-tokai.ac.jp/uploads/sites/37/2021/03/03.pdf
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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