オリンピック組織の末期症状

 組織や制度は、いつかは機能しなくなったり、崩壊したりする。そして、崩壊が近くなると、何故こんなことが起きるのかというような不可解なことを、そのなかのひとたちはやってしまう。それは、決して組織を担うひとたちが愚かだというわけではなく、彼らにのしかかる事態が、判断を狂わせ、実行が困難になり、そして、ますます難しい課題が生じて、どうにもならなくなってしまうのだろう。
 徳川幕府の末期、何度も改革しても、幕府という軍事政権では社会に適応できなくなっており、そこに条約制定を迫る外国勢力と、幕府打倒を目指した勢力との圧力を受け、幕府は有効な対応をとれずに瓦解していく。決して、当時の幕府を担った人材が無能だったわけではない。やはり抗し得ない力が働いたというべきだろう。その力を活用した倒幕派が勝利し、外国勢力が得をした。
 規模と状況は違うが、現在のオリンピック組織委員会は、似たような状況ではないだろうか。

 そもそも利権絡みのオリンピックという、社会の健全な発展に反している形態にだしてしまった行事、国内にもオリンピック反対のひとたちは、誘致前から少なくなかった。利権のための大会だから、利権争いが頻繁におき、最初のスローガンをどんどん裏切っていく。国民の期待も低下。そして、そこにコロナだ。
 オリンピックが既に、社会に適合しない形態になっていることの現れは、森元会長の発言やその後の対応、後任選びのごたごた、そして、開閉会式をめぐる騒動などにも現れた。もちろん、既にエンブレム問題、国立競技場問題等々、たくさんありすぎて書き切れないほどだ。
 そして、コロナ禍が起きた。オリンピックが、いかにコロナ対策を歪めたかは、水際対策の不徹底、PCR検査の極端な抑制などに現れた。これは、いまだに改善されていない不手際だ。
 そうして、いよいよ組織的断末魔のような様相を呈してきた。
 外国の報道によると、既に、4月23日の段階で、日本には、5000万回分のワクチンが入荷しているのだそうだ。その数は、2500万人分だから、国民の20%が接種を2回終わっていて当然なのだが、まだ1%余であるとされている。そのワクチンはどこにあるのか。この落差はあまりに大きい。政府の担当者は、そんなに入荷していないといっているようだが、既に、政府への信頼は完全に低下しているので、外国報道もありえないことではないと思われる。いずれにせよ、入荷から接種までの期間が非常に長いと感じるが、それは、こうしたことへの対応能力が欠如してしまっているということの結果だろう。いきなりワクチンがやってきたわけではなく、待ち焦がれていた分のはずだ。もし十分に機能している組織であれば、待っている間に、十分な対応できる体制をとるだろう。
 
 政府は「安全で安心な大会をする」と強調しているが、選手の2週間隔離はなしにする方針を確認した。検査を事前にしてくるという条件だそうだが、「安全で安心」な大会というのが、日本国民にとってという意味であれば、事前の検査があったとしても、2週間の隔離が当然だろう。安全で安心な条件を次々におろしておいて、何をいっているのか。政府や組織委員会のいっていること、やろうとしていることを見ると、ますます安全ではなく、不安が増大してしまう。
 
 丸川大臣が、医療体制に対して、都知事から報告がないと嘆いていた。500名の看護師を用意せよという申し入れをしたということだが、その確約はできていないということのようだ。ということは、医療体制についてはまだ「安全で安心な」状況は確保されていないということが、露顕したことになる。この件には、前座があり、共産党の機関紙「赤旗」が、500名の看護師派遣を要請しているという記事を掲載したところ、組織委員会がそれを認め、丸川大臣の会見となったわけである。つまり、「赤旗」が報道しなかったら、ずっと隠し続けていただろう。そして他のメディアが続いたわけである。
 しかし、誰が考えても、現時点で、看護師を余分に組織委員会に派遣することなどできるはずがない。もちろん、派遣そのものは7月であるとしても、今の段階で予定をたてられると思うこと自体が、空想的である。
 逆に、オリンピック用に、医療を確保したとしたら、それは国民が受けるべき医療資源が削られたことになる。コロナが終息しているとは考えられない上に、オリンピックの時期は、日本は酷暑で連日熱中症で入院する者が続出し、死者もできる。オリンピックに医療資源をとられていたら、日本国民の医療体制が不十分になる。国民にとっては、「危険で不安な」ことになる。
 そうしたこと以上に、この事態が示すことは、オリンピック組織委員会、主催団体である東京都、そして政府(オリンピック担当大臣)の間で情報が共有されず、相互に不信感すら漂っていることがばれてしまったことだ。テレビも、丸川大臣と小池都知事の因縁をいいたてている。
 
 以上のことを見ただけでも、現在のオリンピック開催を準備している組織が、かなり末期症状を示していることがわかる。そして、それに追い打ちをかけるように、コロナ感染者は全国的に、増加している。
 昨年以来ずっと続いていることだか、オリンピックを本当に開催したいのらは、コロナ対策を徹底して、感染者をださない政策をとる必要があった。しかし、オリンピックにマイナスとなると、間違った判断をしたのか、感染者をださない政策ではなく、感染者を把握しない方法をとり(PCR検査の制限)、感染者の治療や予防への取り組み(ワクチン開発、ワクチン交渉、水際対策の不徹底)を遅らせた。その結果が、現在のオリンピック開催に対して、ほとんどの人が否定的になるような状況をもたらしたのである。このような危惧は、多くの人が抱いていたし、また、それを表明もしていた。
 幕末の話に戻れば、当時の幕府が薩長軍への抵抗をおさめたこと、徳川慶喜が謹慎してしまったことは、騒乱を早期に終わらせ、英仏の餌食になることを防いだという点で、高く評価されるべきである。オリンピックを強行すれば、日本は本当に悲惨なことになるだろう。世界中からの変異株がはいってきて、オリンピック関係者にも感染が広がるだろうが、さらに日本人の受ける被害が甚大なものになるに違いない。
 IOC委員からも、オリンピック開催は医療関係者の見解に基づくべきだという意見がだされている。私がみている限り、オリンピック開催を支持する発言を、テレビなどで聴いたことがない。
 また、今のコロナの状況だけではなく、それに対応しつつ準備をする組織委員会等々が、まともに機能していないのだから、開催してもみじめなものにしかならず、世界に恥をさらすだけだろう。しかし、これだけ世界中でコロナが猛威を振るっている状況であれば、中止は国際的に受けいれられるだろうし、日本にとってのマイナス評価にはならないはずである。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です