スウェーデンで精神疾患用救急車導入の議論

 元農水省次官が息子を殺害した事件では、激しかった家庭内暴力があったのに、何故警察を呼ばなかったのか、という議論がかなり出されていた。私も何故かと思ったりした。
 ずいぶん前のNHKスペシャルの番組だが、「少年法廷」に関するドキュメント番組があった。少年法廷(ティーン・コート)は、10代の若者が若者の初犯の容疑者の裁判を行うというもので、財政基盤の脆弱さからそれほど普及していないが、高く評価されているシステムだ。NHKの番組は、ラスベガスの少年法廷を取材したものだったが、そこで裁かれている少女は、妹の子守をするように言いつけられたことに抵抗して、部屋に入ろうとした母親をドアで防いで怪我させたことで、警察を呼ばれてしまった。そして、裁判になり、少年法廷を選択したわけだ。そのとき、番組のナレーションは、ラスベガスでパトカーが呼ばれる理由の3分の1は家庭内暴力だというのだ。もちろん、子どもが呼ぶことは少ないので、多くは子どもが親に暴力を振るったときに、親がパトカーを呼び、子どもを逮捕させるわけである。日本とアメリカの家庭観の相違に驚いた。もし、元農水次官が、アメリカに住んでいるアメリカ人なら、躊躇することなく警察を呼び、自分が殺人犯になることはなかったのかも知れない。しかし、警察を呼び、息子を傷害罪の被告にして、投獄することが本当によいことなのかは、全く別問題だろう。
 では、どうしたらよいのか。最善かどうかはわからないが、こうした事例を念頭においた議論が、スウェーデンでおきている。一部では実施されている地域もあるということだ。
 新聞に「精神疾患用の救急車」が必要であると主張する人の記事が出ていた。最初は何のことかわからなかったので、グーグルで検索して、いくつかの記事を見つけ、読んでみた。最初は、通常の救急車があるだろうに、何故、精神疾患用の特別な救急車が必要なのか、どうもわからなかったのである。しかも、そこには、精神科の専門的知識をもった人が乗り込んでいる必要があるという。
 そして、どうやら、若者が何か問題を起こしたときに、通常は警察がやってきて、拘束し、留置する。そういうときに、犯罪者と一緒になる。そういう若者の少なくない部分が、精神的なケアを必要としており、警察の扱いに組み込まれてしまうと、精神的な病が嵩じてしまい、ますます悪化する。だから、特に若者に対しては、通常の警察の車ではなく、別の車が用意されるのがよい。それが精神疾患を考慮した特別な救急車であればベストだというわけなのだ。
 日本の元農水省次官の事例で考えてみよう。もし、次官が息子の暴力に耐えかねて、警察に電話したら、当然警察は息子を逮捕する。そして、傷害罪として取り調べられ、拘置所に留置され、犯罪者集団のなかで生活していくことになる。息子は、統合失調症を患っていたと報道されている。もしかしたら、親への暴力も病気が原因であったかも知れない。こういう推移が、状態を改善するとはとうてい思えない。むしろ、確実に悪化するだろう。
 もし、スウェーデンで要求が高まっている、精神疾患用の救急車があって、それを呼べば、警察が関与するとしても、もっと治療的な場所に輸送され、治療と取り調べが並行して行われるような措置がとられることになるのだろう。もちろん、暴力を振るっているわけだから、拘束はされるとしても、一般の犯罪者とは別に収容される。統合失調症だったから、彼の場合には、起訴されなかった可能性が高いとは思うが、それでも、このようなシステムがあれば、父親は救急車を依頼して、息子の暴力がおさまるような措置に委ね、自分たちも安全を確保することができたかも知れない。暴力を振るっている息子を説得して、病院に連れて行くということは、ほとんど不可能だったろう。その打開策として「救急車」は、確かに効果的な手段のように思われる。
 スウェーデンで今実際に設置を要求されていることは、このような対応なのだろう。救急車の一段階前ともいえる、警察とは異なる車輌を使って、保護と援助をするような政策がとられている地域もあるという。そうした地域の拡大と、明確な医療的措置を可能とする「救急車」に格上げすることが課題となっているということのようだ。日本でも、充分に考慮する必要があることだと思われる。
 参考にした文献は以下の通り。
・Behovet av psykiatriambulanser är stort
 Svenska Dagbladet 28 Dec 2019
・Psykiatriambulanser ger bättre akut vård
 DEBATT 20 juli 2017, 23 december 2017
 http://www.ostrasmaland.se/debatt/psykiatriambulanser-ger-battre-akut-vard/
・Psykiatriambulanser borde köra omhändertagna unga
 https://www.etc.se/debatt/psykiatriambulanser-borde-kora-omhandertagna-unga
・Mycket att göra för landets psykiatriambulanser
 PUBLICERAD: FRE 27 DEC 2019
 https://www.aftonbladet.se/nyheter/a/1nzyGJ/mycket-att-gora-for-landets-psykiatriambulanser

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です