岩波書店『世界』創刊号の復刻

 アマゾンに用事があり、それが終わったあと、何気なく「お勧め商品」を見ていたら、岩波書店から『世界』創刊号の復刻版がでていることに気がついて、さっそく購入してみた。電子書籍と印刷されたものの復刻版の両方がでているが、印刷版が新しく組み直したものかどうかはわからない。電子書籍は、複数でている模様だが、私はKindle 版を購入した。
 まず驚いたことは、私が前に買った『世界』は、通常の電子書籍のリフロー形式のものではなく、ページをそのまま構成したフィックス形式であったことだ。ところが、今回の復刻版は、リフロー形式であるから、すべてオペレーターが打ち直したのだろう。もっとも、AI利用のOCRを使ったのかも知れないが。復刻版なら、むしろそのままの再現をしてほしかったと思うのは、私だけではないようで、アマゾンのレビューもそんな見解があった。しかし、岩波書店としては、過去の記念というのではなく、現在でも通用する読物として提供したいという意思があったのではないだろうか。
 『世界』は、私が認識している限りではであるが、綜合雑誌のなかでは、電子書籍化が遅れた部類である。『文芸春秋』はずいぶん前から電子化されており、私はときどきKindle版で購入していた。『週刊文春』は、電子化だけではなく、オンラインでの独自の展開もしている。どうもリベラルな雑誌ほど電子化が遅れていて、それが最近の選挙におけるリベラル派の退潮と結びついているような気がしてならない。電子化にあまり注力しないし、関心も薄い、本は紙で読まないと、という感覚は、イノベーションへの消極性の表れだから退潮傾向になるのは当然ともいえる。
 『世界』創刊号に戻るが、もちろん、私はこれをはじめて実際に見たのだが、これまでまったく知らなかった事実を知った。『世界』は、岩波書店の独自編集の雑誌だったわけではなく、安倍能成が中心となっていて、志賀直哉などの知識人のグループだった「同心会」が、雑誌発刊の計画をたてていたが、岩波が『世界』を発刊することになったので、同心会の申し入れで、同心会が中心になって編集したのだそうだ。目次をみると、武者小路実篤、志賀直哉、里見弴がはいっており、そういう事情だったのかとわかる。しかし、同心会側は、自分たちの雑誌を岩波が引き受けてくれたという意識だったのに対して、岩波側は、雑誌の編集をになってもらうという意識だったので、双方の食い違いがやがて大きくなり、岩波書店が全面的に編集する雑誌に変化したのだそうだ。いかにも、戦後の混乱期らしい話のようにも思われる。
 そして、これが『世界』かと思われるのは、最初のふたつの論文は、「剛毅と真実と知恵とを」と題する安倍能成の論文と、「民主主義と我が議会制度」という美濃部達吉の論文であるが、前者は、今必要なのは道徳である、と主張し、後者は、日本に必要なのは国民主権ではない、必要なのは君主制だと主張している。まるで、当時解放された国民が望んでいることとは、反対方向を向いているような趣すらある文章が巻頭を飾っているのが、いかにも不思議である。これらの論文が実にくだらないなどというつもりはなく、ひとつの問題提起であることはわかるが、少なくとも後年の『世界』という雑誌の看板とはかなり異なっている状況が、出版点ではみられたということの驚きである。
 この創刊号は、1946年1月号であったが、『世界』がそれらしくなるのは、5月号に掲載された丸山真男の「超国家主義の論理と真理」からなのだろう。この論文こそ戦前の代表的知識人であり、戦前の良識だった美濃部を過去の人に追いやったのかも知れない。
 このまま再刊を続けるのかどうかわからないが、ぜひこの5月号も再刊してほしいものだ。丸山の論文はもちろんさまざまな形で読めるが、当時掲載された雑誌全体とともに読むことは、また違う受け取りを可能にするものだからである。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です