統一教会とずぶずぶ自民党の無責任・無知 統一教会は宗教法人の認可を取り消せ

 統一教会との接触を否定できない段階になって、自民党議員たちが、次々といいわけの記者会見をしている。挨拶はした、同席はした、しかし、それは統一教会がどういう団体かは知らなかった、あるいは、統一教会の人がいるとは思わなかった等々。理由にならないことを述べて、しらを切るつもりなのだろうか。
 「統一教会がどういう団体か知らなかった。」語るに落ちるとはこのことだろう。統一教会が反社会的な行為をしていることは、少なくとも国会議員をしている年代の人であれば、国会議員ではなくても、多くの人が知っているし、まして、国会議員であれば、国政に責任をもつ人間として、当然知らなければならない。それを、国民の前で、「知らなかった」と述べたことは、「私は、無知で、何も知らない阿呆です」といっているのと同じだ。
 また、ある団体が表敬訪問でやってきたときに、出席した人々のなかに、統一教会の人がいるとは思わなかったというのも、同じである。政治家が、自分がどういう人物と会うのか、まったく気にしないで会うなどということがあるとは、とうてい思えない。もし、そういう人物が国会議員であるとすれば、まったく無責任で、無防備な政治家だということになる。やはり、議員失格だ。

 
 もっとも、これらは、あくまでもいいわけであって、本心ではないということもありうる。本当はよく知っていたのだが、そうだとするとまずいので知らなかったことにする。これは、国民に嘘をつくことである。堂々と国民に嘘をつくのが、国会議員として認められるか。
 
 問題になった「桜を見る会」だが、統一教会関係者は、毎年招待されていたという。招待された教会員は、招待されたから来ている、何故招待されたのかわからない、と説明していたが、安倍首相は、はっきりと、貢献のあった人を招待していると、国会で明言している。つまり、安倍首相は、桜を見る会の主催者であるが、統一教会を「貢献があった団体・個人」とみていたし、そのことを国会で表明もしているのである。
 それに対して、茂木幹事長は、「組織としてはまったく関わっていない」と説明し、あくまで個人の問題としたいようだ。「個人の調査はしない」と断言してしまった。しかし、自民党の幹部、総裁や副総裁が大きな役割を果たしているのだから、組織としてまったく関係ないといういいわけは通用しない。
 
 福田総務会長は、統一教会の何が問題なのかわからないのだそうだが、国民の多くが知っている点だけでも整理してあげておこう。
 何よりも、個人の財産を奪って、破産させるような詐欺的搾取を広範囲にやってきたという点である。これは、ニュース等で知っているだけではなく、私自身が、詳しく具体的な事実を知ることができるところでも起こっているので、事実であることは断言できる。個人を破産させるようなことまで、平気で追求する組織が、信者の幸福を考えてなどいないことは、明確である。信者やそのまわりにいる人間を、資金を提供する存在としてしか、見ていないのだ。
 そして、自民党の関係でいえば、そうやって集めた資金をどうしているか、ということだろう。これまで報道されていることから明らかなことは、多くが韓国に送られているということだ。つまり、日本はエバの国で、アダムの国である韓国に罪を負っているので、それを償わなければならないという「理論」を教えて、それを実践していることになる。合同結婚式にしても、要するに、日本の「資産」を韓国に貢がせるための組織が、統一教会なのである。統一教会となんらかの関係をもった自民党の政治家は、そのことについて、個人であろうが、派閥であろうが、また、自民党としても、明確にその評価を明らかにすべきである。そのことを知らなかったでは済まされない。
 自民党は、韓国への賠償責任は、日韓条約で済んでいると、常々主張してきたし、慰安婦問題にしても、徴用工問題にしても、その線を譲ることはなかった。しかし、もっと大きなレベルで、日本は、韓国へ「賠償」に近い、統一教会によって、しかも莫大な支払いを強制されてきたし、そして、それを自民党が事実上促進させてきたのである。自民党保守や嫌韓派の人たちからみれば、これほど日本における日本に対する利敵行為というのも珍しいほどだ。自民党は、かならずこの点については、明確な姿勢と評価をする必要がある。自民党議員たちは、日本がエバ国だから、韓国に賠償するために、個人が破産しようが、献金して、韓国に渡さねばならない、という「教義」を支持するのか。支持しないなら、統一教会と完全に手を切るべきであるし、統一教会のそうした活動断固としてやめさせるべきである。
 
 以下二点を指摘したい。
 第一に、統一教会を宗教法人の認可から外すべきである。これだけ宗教として人を救うのではなく、宗教の仮面をかぶって人を破産させ、不幸にする組織である以上、いくらなんでも宗教法人として、国家の保障をする必要はない。宗教法人を外れれば、納税義務が生じるので、お金の流れが把握できるようになる。私自身は、何度も書いたように、宗教法人の非課税制度そのものをやめるべきだと思っているが、それが難しいとしても、統一教会を宗教法人として認可取り消しをすることは可能である。オウムもそうしたのだから。オウムがサリン事件などで起こしたことは、統一教会よりも酷いことであり、統一教会はそうしたことをやっていないが、別の形態でオウムよりはるかに反社会的なことをしている。しかも、期間として長い。長い間、反社会的な行為を繰り返してきたのだから、宗教法人としての認可を取り消すことには、十分な論拠がある。もし、岸田内閣が、それを実行できれば、国民のかっさいを浴びるだろう。
 
 第二に、では、統一教会の信者は、100%被害者であって、悲惨な精神状態になっているのかというと、不思議なことに、統一教会の信者であるという自覚によって、確かに幸福感を獲得しているひとたちがいるのである。先に書いた、実際行っていることを知ることができる信者は、非常な高齢だが、(一人は最近亡くなった)実にいきいきと活動して、壺などを売っており、周りに迷惑がられているが、本人たちは幸福感に満ちており、しかも、まったく認知症に罹っていないのだ。正しいかどうかは別として、正しいと信じ込んで、まったく疑いをもたずに、活動できるという状態は、人から迷いを取り去り、神から祝福されているという感覚をえられるのかも知れない。私は、それは宗教に限らないと思っているが、統一教会ですら、そうした事実があることは、認めねばならない。
 それを踏まえて、どう考えるか。(続く)

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です