思い出深い演奏会 トロバドーレ(藤原歌劇団)

 この演奏会も忘れられないものだ。といっても、実は詳細はよく覚えていない。かなり前の演奏会だったと思うが、好きなオペラであるトロバトーレだったので聴きたいと思ったこともあるが、どうしてもと思った理由は、アズチェーナにフィオレンツァ・コッソットがでること、そしてさらに指揮者がエレーデだということだった。
 コッソットのアズチェーナは、おそらく戦後としては唯一無二というものだったと思うし、正規録音としても、セラフィン指揮のドイツ・グラモフォン版と、カラヤン指揮の映像版がだされている。とくに、セラフィン指揮によるコッソットのアズチェーナは、これ以上考えられないというような歌唱だ。唯一欠陥があるとすれば、老婆であるはずなのに、多少声が若々しいということだろうか。

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「鬼平犯科帳」がっかりする話 引き込み女

 「引き込み女」は文庫の19巻なので、かなり晩年の作品になる。さすがに晩年の話は、矛盾したり、おかしな設定になっていることがけっこう目立つ。「引き込み女」は、前の話とのつながりが間違っていることから、話の展開も不自然なのである。だいたいの筋はこうだ。盗賊磯部の万吉をみかけたというので、その方面の探索をしている途中で、おまさが、むかしの仲間お元が、じっと川面をみつけているのをみかける。そして、跡をつけ、とある商家の引き込みにはいっていることをつきとめる。そこで、長谷川平蔵は、見張り所を設定して、その商家を見張っているのだが、なかなかお元は外出しない。足を洗ったのではないかなどといっているうちに、外出したので、彦十とおまさが跡をつける。外出の目的は、女主人の化粧品を買うことだったようだが、そのあと茶屋にはいってなかなかでてこないので、おまさがおもいきって茶屋の中にはいり、偶然であったかたちで話をする。相談したいことがあるというお元のために翌日も会うことになり、そこで、養子の主人(さんざん姑と妻にいびられている)が、お元を気に入り、駆け落ちしようとつよく迫っていることで、悩んでいたのである。結局、盗みの決行の日に、お元は逃亡してしまうが、一年後、江戸で死体となって発見されたという結末だ。

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水泳界で、再びトラブルか

 2大会連続のオリンピック代表選手だった五十嵐千尋という選手が、ツイッターで、水泳連盟を批判したということで、話題になっている。「「日本は世界から出遅れている」五十嵐千尋が日本水泳連盟を糾弾!声を上げられない現実に訴え「もっと選手の意見に耳を傾けるべき」」という記事だ。
 これで、すぐに思い出すのは、千葉すず選手の訴えだ。自由形の選手だった千葉すず氏が、表にでている規準によれば、当然代表選手に選ばれるはずであるのに、選ばれなかったことを不服として、仲裁委員会に提訴したのだったと記憶している。これには賛否両論あり、千葉を非難する人も少なくなかったし、正しいことをいっていると応援する人もまた多かった。私自身は、応援派だった。スポーツの世界で、幹部やコーチを批判することは、かなり難しいのだろう。私自身は、スポーツ、とくに野球が好きで、若いころはずっとやっていたが、あくまで草野球の世界で、部活にはいったことはないので、詳しいことはわからないが、ただ、部活などのとんでもない非常識な階層社会的なことが嫌で、部活にははいらなかったわけだ。たとえば、当時中学の野球部では、1年生はボールを握ることもできず、ただ先輩たちの練習を遠くからみていて、声をだすだけということだった。本格的に野球ができるようになるのは、2年生になったからだというのだ。そんな世界に入りたくなかったので、そのまま草野球を続けた。
 それは、部活のスポーツは、他の種目でも似たようなものだった。それだけ不合理なことが横行している世界だから、上を批判するなどということは、とんでもないことだったに違いない。そういう意味では、千葉すず氏の訴えは、非常に勇気があるものだったし、そして、事実その後の水泳連盟の運営が変わり、それによって、不振だった日本の水泳界に活気が戻り、世界大会でメダルがとれるようになったのである。

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日大アメフト部員問題での理事長会見をみて あまりに大げさな報道

 テレビが放映していた部分だけだが、日大の理事長、学長、副学長の記者会見をみた。最近のメディアがとりあげている大きな話題であり、テレビのワイドショーでも大きくとりあげている。理事長が林真理子という有名作家であることも話題性を高めているのかもしれないし、また、数年前に問題になったアメフト部で起きた不祥事であるということも、大きく取り上げられている要因なのだろうが、かなり広い記者会見場に、相当数の記者が押しかけたというのことに、私はむしろ異常を感じた。そもそも、そんなに大きな問題だろうか。
 
 たしかに、前回のアメフト問題は、メディアが取り上げる意味があったとおもう。あきらかな意図的な不当タックルが試合中に行われ、しかも、それが監督の指示だったことがわかったこと、しかも、監督・コーチなどが、大学運営にかかわっている人物だったことから、一部活の問題ではなく、大学の運営体質が問題とされねばならなかったから、メディアも大きく取り上げた。しかも、スポーツだから相手もあった。

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マイナンバー・カードと保険証(つづき)

 昨日、マイナンバー・カードと健康保険証を一体化させることについて、原則的には賛成であると書いたが、あくまでも原則的にということであって、政府が強引にやろうとしていることも含めて賛成なわけではない。保険証の廃止が1年というのは、あまりに短いといわざるをえない。マイナンバー・カードの交付が一年で済むはずがないし、医療現場でマイナンバー・カードによる事務処理が、その時点までにスムーズに進むようになるとも思えない。だから、もっと、じっくりと、問題をクリアしながら進める必要があることは、当然であろう。そして、なんといって、マイナンバー・カードにつきまとっている利権を排除することだ。
 
 日刊ゲンダイが「保団連会長が警鐘「保険証廃止を強行すれば閉院ラッシュ、地域医療は崩壊します」」という記事を掲載している。
 要するに、このままいけば、現場が大混乱し、地方のマイナンバー・カードをもたない人が多い地域では、病院が成り立たなくなり、閉鎖するところが続出する。すると、地域医療が崩壊するところがたくさん出てくるというわけだ。実際に、現在で、マイナンバー・カードによる保険証は、事務手続がうまくいかず、行列ができてしまうケースが多数でているというわけだ。現在のようなやり方では、マイナンバー・カードと保険証の一体化がうまくいくとは思えないことも否定しようがない。

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マイナンバー・カードと保険証問題 廃止やむなしか

(昨日アップを忘れていたものです)
 マイナンバー・カードが、再度政治争点になっている。岸田内閣の支持率低下の原因ともなっているらしい。つまり、マイナンバー・カードに健康保険証を一体化して、さらにこれまでの紙ベースの保険証を廃止するという方針(これは既に法律的には決まっている)に対する大きな反発が起きているわけだ。私の周囲では、既にマイナンバー・カードに一体化させた者とそうでない者がいて、私はまだである。私がまだなのは、ほとんど医療機関にいかないからで、そういう機会がないからだ。
 この問題は、かなり多面的な検討が必要で、政府の説明もどうもおかしなものになっていると思われる。

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木原事件への誤解があった

 誤解というのは、私自身が大分誤解していたという意味である。もちろん、自分自身で調査できる立場ではないので、おもにネット情報を吟味して考えてきたわけだが、やっと、本当の構図に近いものがわかってきた。そして、週刊文春がその「本当」のところに向かうのか、という点では、むしろあやしいものを感じる。
 木原事件の様相を強くしてきた、と前に書いたが、それは、木原氏が捜査介入をしたということだ。そして、それは、現在でも事実であると思うが、それは、木原氏が主役なのではなく、脇役として介入していたのだ、ということが見えてきたということだ。何故警察庁の長官が、事件性がない、などとわざわざ述べるのか。警視庁の担当責任者も事件性がないと公表している。つまり、事件性がないことを強調しなければならないのは、木原氏よりも警察機構ではないかと思うのである。

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教師になると奨学金返済免除 いいことだが、それだけでは

 さすがの文科省も、教師が大変だというだけではなく、完全に不足状態になっていることになって、困っているようだ。そして、なんとかしなければと思っている。そのことは、伝わってくる。今日のニュースで、教師になると、日本学生支援機構で借りていた奨学金を返済しなくてもいいようにしようという方向での予算請求をしているようだ。「【独自】奨学金の返済免除新たに 教員不足解消へ 概算要求」(FNNプライムオンライン)
 
 このこと自体は、けっこうなことだといえるだろう。今の若い人は知らない人もいるかもしれないが、日本学生支援機構が、日本育英会といっていた時代には、その奨学金を大学でうけていて、教師になると返済免除になっていたのである。そして、奨学金はすべて無利子でもあった。教師になると返済免除というのは、戦前の師範学校時代をある程度引き継いだといえる。師範学校は、授業料は無償だったので、家は貧しいが学力がある若者が進学することが多かった。欧米のとくに小学校の教師などと較べると、日本の小学校教師は、やはり非常に優秀だった。それは、戦前のそうした教員養成制度の仕組みがひとつの要因になっているといえるのである。そして、教師は、基本的に尊敬されていたし、安定した職業、男女平等の職業として、志望者も多かったのである。

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思い出深い演奏会5 パールマン

 パールマンがやはり東京都交響楽団の演奏会に出場したときのことだ。非常に興味深い事態に遭遇した。実演でパールマンを聴いたのは、このときだけで、先にも後にもない。正直なところ、世界トップのバイオリニストに違いないと思うが、あまりに楽天的で、心に迫ってくるものが感じられないのだ。それは、後で述べることにして、この都響の演奏会のできごとのことだ。
 曲目はシベリウスの協奏曲だった。最初に驚いたのは、普通の、といっても、こういうオーケストラの定期演奏会でソリストになる人という意味だから、かなり優れた演奏家ということになるが、バイオリンの場合には、最初はなんとなく手さぐりの音で引き始め、充分に鳴らない感じがあるのだ。そして、次第に楽器が鳴り始めて、ああこういう音をだす人なのかと思うのが、多くの場合であった。先発完投型の投手の多くが、初回は調子がでないことが多いのと似ているかも知れない。楽器が鳴りきるには時間がかかるということだろうか。ところが、パールマンは、最初の出だしの音から、実によく響く、太く、それでいて艶のある音だった。ポリーニの音も、最初の和音で、まったく他と違う感じがしたものだが、パールマンのバイオリンの音は、ほんとうによく鳴っていた。

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思い出深い演奏会4

 だいぶ前に、題名のように思い出深い演奏会を3回まで書いたが、そのあと続けないでいた。そして、そのいずれも、アバド、クライバー、ポリーニなど、超有名演奏家のものばかりだった。しかし、それ以外にも、けっこう思い出深い演奏会がある。それを、またぼちぼち書いてみようと思った。最近、五十嵐顕著作集の仕事をしていて、ほとんどCDを聴く時間がとれないし、本も読めないので、だんだん話題が狭くなっている。以前はけっこう調べてから書くことが多かったが、いまはそういう時間もとれないので、「思い出」を材料にすることにした。
 
 今回書くのは、ズデニェク・コシュラー指揮の東京都交響楽団の演奏会だ。コシュラーは、優れた指揮者だと思うが、中堅クラスの指揮者として、国際的に活躍していたときに、一種の舌禍事件をおこして、干されたとまではいかないまでも、かなり不遇な状況になってしまったとされる。私の知るかぎりでは、コシュラーが、チェコ・フィルの二人制の常任だったとき、もうひとりの指揮者であるノイマンが辞めたら、**を推薦したいというような発言をしてしまったのである。ノイマンといえば、チェコ音楽会の重鎮であり、別に病気などで、引退しそうな雰囲気だったわけではない。たしかに、高齢ではあったが、指揮者は90歳になっても、健康であれば現役だから、「ノイマンが辞めたら」というような発言は、あまりに刺激的なものだった。ノイマンが怒ったのも当然だろう。それ以来、コシュラーは、来日もあまりしなくなったし、CDが発売されることもほとんどみられなくなった。コシュラーは、ニューヨークで行われたミトロプーロス指揮者コンクールで、アバドと一位を分け合ったほどの実力の持ち主だった。

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