思い出深い演奏会5 パールマン

 パールマンがやはり東京都交響楽団の演奏会に出場したときのことだ。非常に興味深い事態に遭遇した。実演でパールマンを聴いたのは、このときだけで、先にも後にもない。正直なところ、世界トップのバイオリニストに違いないと思うが、あまりに楽天的で、心に迫ってくるものが感じられないのだ。それは、後で述べることにして、この都響の演奏会のできごとのことだ。
 曲目はシベリウスの協奏曲だった。最初に驚いたのは、普通の、といっても、こういうオーケストラの定期演奏会でソリストになる人という意味だから、かなり優れた演奏家ということになるが、バイオリンの場合には、最初はなんとなく手さぐりの音で引き始め、充分に鳴らない感じがあるのだ。そして、次第に楽器が鳴り始めて、ああこういう音をだす人なのかと思うのが、多くの場合であった。先発完投型の投手の多くが、初回は調子がでないことが多いのと似ているかも知れない。楽器が鳴りきるには時間がかかるということだろうか。ところが、パールマンは、最初の出だしの音から、実によく響く、太く、それでいて艶のある音だった。ポリーニの音も、最初の和音で、まったく他と違う感じがしたものだが、パールマンのバイオリンの音は、ほんとうによく鳴っていた。

 ところが、第一楽章の盛り上がったときだった思うが、パールマンのバイオリンの弦が切れたのだ。こういうときには、コンサートマスターの楽器を借りて弾き続けるというのが、国際的な慣習だ。パールマンは、すぐにコンサートマスターのバイオリンをうけとって、弾き始めた。そして、コンサートマスターは、となりのトップサイドの奏者のバイオリンで弾く。トップサイドの奏者が、パールマンの楽器をかかえて、楽屋に下がり、弦を変えて戻って、それぞれの楽器に戻るわけだ。トップサイドのひとが戻ったあたりで、ゲネラルパウゼ(全体の音楽が休止符になる)があり、そこで、オケ全体の演奏をとめ、楽器を整えて、再開したように思う。弦がきれたときの対処法は、知っていたが、実際に目の前でみたのは、このときだけだった。そして、実に興味深いことは、パールマンが、自分の楽器と、都響のサンサートマスターの楽器を弾いたこと、コンサートマスターは、当然ひんぱんにソロ部分を弾くから、彼の音も当然知っている。そして、実にはっきりと、
1、パールマンが自分の楽器で弾いている音、2、パールマンがコンサートマスターの楽器で弾いた音、3、コンサートマスターが自分の楽器で弾いていた音が、この順でいい音だった、よく響く音だったということだった。しかも、その差はかなり大きかった。だから、やはり、楽器の質で、音がかなり違うのだということ、また、同じ楽器をひいても、弾き手の能力で相当違う音がすること、が実演でわかったのである。もちろん、都響のコンサートマスターが下手な奏者なわけではないが、相手がパールマンでは、やはり貫祿が違うのは仕方ない。そして、都響のコンサートマスターともなれば、かなりよい楽器をもっているはず(おそらく、オーケストラから貸与されている)だから、よい楽器のはずだが、それも、世界トップのバイオリニストであるパールマンの所有する楽器とくらべると、落ちるにちがいない。
 
 途中で弦が切れたので、楽器をかえて演奏を続けたというので、有名なのは五嶋みどりの14歳のときの話だ。バーンスタインが指揮して、バーンスタインのセレナードを演奏しているときに、二度にわたって弦がきれた。そこで、コンサートマスターと二度も楽器を交換して弾き続けたけだが、一般的には、2度もきれたのに、まったく動じることなく弾き続けたということで賞賛されているが、彼女のこの件でのすごさは、そういうことではなく、最初に弾いていた自分の楽器は、分数バイオリンであって、大人用のサイズではなかった。ところが、コンサートマスターの楽器は、当然フルサイズの大人用だから、とつぜん大きさの違う楽器をもって弾いたのに、正確に弾いたというところが、すごいのである。弦楽器は、子ども用と大人用のさまざまなサイズがあるが、当然サイズが違えば、全音の幅も微妙に違う。だから、それまで弾いていたバイオリンと交換した楽器とでは、指の広げ方がわずかだが違うので、当然音程を正しくだすためには、微妙に違う幅を指が移動しなければならない。五嶋みどりは、そのときには、演奏会では小さめの分数バイオリンをつかっていたが、フルサイズの楽器でも練習をしていたので対応できたようだが、それでも、とてつもない困難なことをやってのけたというわけだ。
 ところで、五嶋みどりのすばらしさは、そういうテクニックのことではなく、表現がほんとうに胸にせまってくるような力があるのだ。15才のときの美しきロスマリンのことを、前に書いたが、実演で聴いたベートーヴェンの一番のソナタは、あらゆるCDであのような表現を聴いたことがない。たしか最近になってベートーヴェンのソナタ全集をだしたはずだが、まだ聴いていないので、その演奏がどうかはわからないが、美しきロスマリンとベートーヴェンの一番のソナタは、早速、聴いたあとでパールマンで再度聴いてみた。いずれも、パールマンの味付けの平凡さにがっくりし、五嶋みどりのすばらしさを再確認したものだ。
 
 五嶋みどりとパールマンは、どうやら友人関係ではないようだが、一度すれ違いがあった。(パールマンと親しいバイオリニストのズッカーマンは、五嶋みどりのよき理解者であり、みどりのソロの伴奏指揮をしている)パールマンがニューヨークフィルに出演予定だったが、病気で出られないということになり、急遽五嶋みどりが呼ばれて、当日だけのリハーサルをした。ところが、本番前の休憩中にパールマンが現れて、みどりをにらみつけて去り、そのまま出演したということがあった。みどりの母親が本に書いているのだが、代役を務めてくれるはずだったのだから、ねぎらいの言葉くらいかけてほしかった、それがなにか自分の仕事を奪うかのようなにらみつけをしたことに、当然よくは書いていない。おそらく、その後も交流はないのではなかろうか。
 
 パールマンをネガティブに書いてしまったが、もちろん、彼はCDや映像でよく聴く演奏家だ。とにかく、いかにも美しいバイオリンの音で聴きやすい演奏をする。実演でのシベリウスは、実演だったせいもあるだろうが、とてもすばらしいものだった。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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