ウクライナのダム破壊はだれが 舛添氏の議論

 舛添要一氏が、ウクライナのカホフカダムをウクライナとロシアのどちらが破壊したのか、について、論文を書いている。「【舛添直言】ウクライナのダムを破壊したのは誰か、双方が情報操作で火花」
 結論をいえば、どちらとも断定はできない、わからないというべきだというのだ。そして、そのあと、この戦争は激しい情報戦が行われており、どちらの情報も自軍に有利なように、嘘・でたらめを平気で流すのだということを、断定できないことの補強としてだしている。その例として、ノルドストリームとノルドストリーム2のパイプラインが損傷したことをあげている。この事例では、ほとんどの日本人は、ロシアがやったと信じたが、実はアメリカがやったという説がでてきて、アメリカは公式にはその説に対してコメントしていない。だから、ロシアではなくアメリカと考えられるのだというわけだ。そして、全体のニュアンスとして、そのパイプラインの例によって、ダム破壊もウクライナがやったのではないか、と言いたげなのだが、結論は先述したように、「わからない」である。しかし、「わからない」と主張するために、文章をわざわざ書くのだろうか。私のような勝手なブログではなく、列記とした商業的な場である。
 
 さて、パイプラインの件だが、日本人はほとんどがロシアがやったという説だったというが、私は、結論的には、ロシア説に傾いていたが、若干ではあるが疑問を呈した。

 その後は、この点について書いてはいないが、ロシア説への疑問は大きくなったし、また、EUではないということは、強く思っていた。つまり、ロシアは、EUが石油や天然ガスを買ってくれることを強く望んでいるわけだから、その手段を破壊してしまうことは考えにくいわけだ。EUとしても、やがて和平が設立すれば、ロシアから購入する意思はあるだろう。いずれにせよ、ロシアとEUのどちらも、現時点で(ロシア)、将来(EU)パイフラインを使用して貿易をすることを否定してはいないのだから、破壊する利益はないわけである。そこにでてきたのが、アメリカ説だ。アメリカ説も、厳密にいえば証明されたわけではないだろう。ただ、そういう指摘がなされ、アメリカが公式には否定していない。ところが、さらに、アメリカの例の暴露されたという秘密文書には、ウクライナ特殊部隊が計画して実行したという文書があったという報道がある。これも報道だ。そして、舛添氏は、これらの報道には真実味があるような書き方である。しかし、これも、情報戦の一環であるだろうし、アメリカの秘密文書そものものが、情報戦の「ウソ」をたくさん含んでいる可能性もあるのだ。
 ただし、アメリカあるいはウクライナが破壊したという説には、「利益」の観点から無理がないことは確かだ。ロシアがEUに輸出可能であれば、ロシア経済を利することになるし、また、EUもロシア産のエネルギーへの未練をもち続けるのを断ち切ることができる。それは、ウクライナとアメリカにとっては、明確に利益である。アメリカにとっては、石油は輸出国であるから、ロシアのパイプラインが破壊されても、利益にはなっても損失はない。
 そういう意味では、推定ではあっても、ウクライナ説、アメリカ説は充分に成立しうる。そして、そのことは、当時でも推論できたともいえる。
 
 では、ダムはどうなのか。これも、だれにとっての利益になるのかということから考えるのが筋であろうし、舛添氏もそうしている。
 舛添氏は、以下のように考えている。
・ウクライナ軍のヘルソン・ザポリージャでの作戦行動を困難にするから、ロシアに有利
・クリミアの水が確保しにくくなるので、ウクライナに有利
・原発の冷却水が不足する恐れがあるが、それは双方に不利
・農地が冠水するので、農地が被害をうけ、世界食糧供給に深刻
・地雷が流出することは、気の遠くなるような努力が必要である
 これが舛添氏の見立てである。非常にいいかげんであると思われないだろうか。明確に利益・不利益を判定しているのは最初のふたつだけで、あとは双方の不利だという書き方である。しかし、そうだろうか。まさか、ヘルソンやザポリージャが、ロシアの領土だと思っているのではないだろうが、そう考えたくなるような書き方である。
 農地が被害を受ければ、世界食糧供給に深刻な悪影響があることは事実だが、それは、ウクライナにとっての大打撃である。ここが、ロシアが不当に宣言しているように、ロシアの領土ならば、舛添氏の言い方も成立するが、それは国際的に認められていないことであり、あくまでもウクライナの領土であり、その農地で収穫される農産物はウクライナのものであることは、自明である。だから、ウクライナにとっての不利益であると考えるのが当然である。それは原発問題についてもそうだ。もし、やがて冷却水が不足して、事故を起こしたとすれば、環境破壊されるのは、まずウクライナなのである。そして、流出した地雷を、ロシア軍が探して、処理するとでも思っているのだろうか。流出した地雷は、ロシア軍が退却したあと、ウクライナ軍が進軍しにくくなるために、けっこうなことだ、というくらいにしか、ロシアは思っていないだろう。
 舛添氏が触れていないことで、ダム決壊によって、ロシア兵が多数流されたという現実があるらしい。これは、ロシアにとって不利だが、それは、ロシアがやったとしても、下流のロシア兵のことなど考慮しないレベルの作戦だったというのが、これまでのロシア軍のあり方をみれば、了解できないに違いない。
 こうして考えれば、ロシア側にとっての不利益は、クリミア半島の水だけであり、それ以外は、すべてウクライナにとっての著しい不利益であり、ロシアにとっては、ウクライナ軍の反転攻勢を遅らせるという大きな利益がある。
 こうして考えれば、ロシア軍がダムを破壊したと考えるのが、ごく自然なことに違いない。もちろん、それは、後に誤りだったということが、絶対に起きないとはいえない。しかし、文章を書いて論じる人は、その時点での判断をしっかりとだすのが役割であり、「わからない」というのが正しい、などというのは、役割放棄というべきだろう。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です