ウクライナ戦争、つまりロシアによるウクライナ侵略戦争に対して、和平論が再び現れている。東郷和彦氏と中島岳志氏の対談の形をとっている。
「「こんなにうまくプーチンが引っかかるとは」ウクライナ戦争をアメリカが引き起こしたといえる残念な証拠」(プレジデント・オンライン2022.11.9)
題名でわかるように、この戦争は、バイデンが引き起こした戦争だという認識から出発している。この点については、私自身同様な見解を、当初から書いている。
だからまったく異論がない。しかし、その後、両氏は、日米の対立から太平洋戦争に至った経過と、ウクライナ戦争を同じようなプロセスをたどっているとしている。しかし、それはまったく違う。
太平洋戦争を開始してしまったときの日本とアメリカの関係が、ロシアとアメリカの関係に似ているというのだが、似ているのは、アメリカが挑発したという点、そして、挑発したアメリカ本土はほとんど被害を受けていない点だけだ。異なる点は以下の通りだ。
・挑発された日本は、挑発したアメリカに戦争をしかけたが、挑発されたロシアは、挑発したアメリカではなく、ウクライナに戦争をしかけ、ウクライナの支配を目論んだ。
・アメリカと戦争した日本は、徐々に敗北し、日本本土が爆撃され、事実上国家が解体したが、ロシアに対して、アメリカは参戦しないとしており、しかも、ウクライナに対してロシア本土を攻撃してはならないという制約を課している。日本国民は甚大な被害を受けたが、ロシア国民は受けていないし、また受けそうにないことが保障されている。だから、自分が兵隊にとられる心配がない限り、ロシア国民は偽情報を受け入れ、戦争を支持している。
・日本は戦争相手のアメリカには、一度だけ攻撃を加えただけで、アメリカの領土を占領したことはないが、ロシアは、相手国ウクライナの領土のかなりの部分を占領し、自国に編入したと称している。
ウクライナがこの戦争を挑発したかどうかについては、意見が分かれるところだろう。私自身は、多少挑発的な行為があったと考えており、そうした行為をしなければ、侵略を受けることはなかった可能性が、少しはあると考えている。だからこそ、そのことが、日本の今後の外交を考える上で、非常に重要なことだと思うのである。(今回は、この点については触れない。)しかし、ウクライナは、ロシアを挑発した事実があったとしても、ロシアに戦争をしかけたわけではない。そういう意味では、やはり、一方的な被害者であり、かつ国土を不当に占領されているという厳然たる事実がある。
だから、和平論を説く人は、ロシアが実際に占領している地域を、どのように扱うかを和平論なのかを明示しなければ、まったく意味がない。そして、かなり長文の和平の必要を説くこの文章でも、ウクライナが占領されている地域をどうするか、という点をまったく触れないままなのである。被害が増大するという点を強調しているだけだ。現時点で、バイデンがプーチンを説得して、和平を飲ませたとしても、プーチンが占領地から、完全にロシア軍を撤退させる保障は、どこにもない。つまり、現時点でプーチンとゼレンスキーに和平を迫るということは、ゼレンスキーに対して、ウクライナ領土をロシアに割譲せよと、迫ることにほかならない。実際にキッシンジャーはそうした提案をして、ゼレンスキーを激怒させた。ゼレンスキーの怒りに対して、キッシンジャーが反論して、自説の有効性を展開したとは、報道されていない。ゼレンスキーに何をいっても理解させられないと、匙を投げた可能性がないではないが、やはり、キッシンジャー自身、自説が国際的支持をえられないことを認識したのではないだろうか。
ロシアが国際的な外交圧力によって、ウクライナから軍隊を完全に撤退させ、今後も侵攻しないと約束する可能性は、現状ではないと考えるのが妥当だろう。もちろん、バイデンがそのようにプーチンを納得させることができれば、それはとてもいいことだ。しかし、バイデンはそのように動いていないし、また動いたとしても、プーチンが受け入れるとは思わない。では、ゼレンスキーに対して、ロシアに領土を割譲せよ、と迫って、それを受け入れさせることができるだろうか。あるいは、受け入れさせることが正しいのだろうか。もしそういう妥協点を成立させるとしたら、今後大国が小国に侵略して、領土を獲得したと宣言し、そこで停戦することで、事実上侵略による領土獲得を正当化することになる。もし、アメリカが、そうした妥協を受け入れなければ、今後武器援助はしないとして、領土分割の和平案を押しつけるとすれば、ウクライナとしては受け入れざるをかないかも知れないが、ウクライナはもちろん、国際的にも、アメリカへの不信感は大きなものになるし、プーチンのような野望をもった政治家を励ますことになるだろう。
もし、ウクライナが音を上げて、領土をロシアに割譲してもよい、という方針に転換したのならば、それを受け入れてもいいだろう。しかし、ウクライナは、世論調査によっても、抵抗継続支持が80%なのだから、単にゼレンスキーだけが強硬路線をとっているのではなく、国民の意識が領土は守るという意識になっている。そのことを尊重しない和平論は、やはり、ロシアの横暴を認めることにしかならないのである。ロシア占領地をロシア領にして、戦争が終結したとしても、それでウクライナに平和がもどるのかといえば、そう感じないウクライナ人が多いと予想するのが順当だろう。
結局和平交渉は、ロシアがウクライナから完全に軍隊撤退させることが、絶対条件なのではないだろうか。そして、軍事支援は、より強力な武器を供与して、できるだけ早くロシア軍を追い出すことができるようなものでなければならない。これまでのような出し惜しみ的な支援は、援助疲れに傾いていかざるをえない。