ウクライナへのロシアの侵略のひとつの帰結ともいうべき事態が、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟への動きである。まさしく「藪蛇」という言葉が当てはまることだ。今年のヨーロッパの状況からみれば、ごく自然な流れだと思うが、しかし、日本のメディアがスムーズに進展するかのような報道をしているが、そうなのだろうか、と疑って見ることも必要だろう。既に、ふたつの障害が表れている。
ひとつは、ロシアが武力行使も辞さないと公言していることだ。だからこそ加盟を急いでいるのだろうが、NATOは、あくまでも防衛組織であって、攻撃組織ではない。加盟国が攻撃されたら、共同で防衛するのがNATOであって、既に攻撃されている非加盟国を援助するものではないのだ。そこから、既に紛争状態にある国は、加盟を認めないのが基本である。そこで、ロシアが武力攻撃をかけて、紛争状態を引き起こすと、加盟条件が崩れる可能性があることになる。これまでメディアは、加盟前に攻撃される可能性を指摘し、その場合、非加盟国への防衛義務はないので、見放されてしまうという危険性を指摘してきた。それに対して、加盟前でも支援すると公表したり、あるいはイギリスのように、直ちに相互援助の協定を結ぶことを提起しているが、それはあくまでも攻撃に対する防衛協力であって、そういう事態になったら、規約上、加盟申請が頓挫する可能性がある。したがって、NATOが、加盟申請を阻止するために、意図的に攻撃した場合には、加盟申請を受け付けるというような明言をする必要があるのではないだろうか。
ふたつめは、トルコが賛成しない可能性があることだ。トルコがNATOの加盟国であること自体が、私には違和感がある。トルコは、EUには加盟を認められておらず、腹いせなのか、EUにはしばしば敵対的行動をとっている。記憶に新しいのは、アラブの春以降、大量の難民が生じて、EUに海路や陸路を介して、EUに向かったのだが、この難民の動きに、トルコがかかわっていたことは、トルコが認め、EUとの妥協が成立したという経緯がある。つまり、トルコは、難民を大量にEUに向かわせて、EUに嫌がらせをしたわけだ。EUはかなりの資金を与えることで、トルコにその政策をやめさせたはずである。
トルコは、イスラム教の国家だったが、一時期世俗国家を志向した時期があった。おそらく、NATO加盟はその時期になされたのだろうが、現在のエルドアン大統領がイスラムへの転回をして、欧米とはかなり異なる政治スタンスをとるようになった。もちろん、敵対的になることは慎重にさけているが、ロシアとも協力関係を維持している。
現時点では、はっきりとフィンランドとスウェーデンのNATO加盟には、否定的な発言をしている。最終的に反対票を投じるかどうかはわからないし、これから複雑な駆け引きが行われるのだろうが、現実的に反対意思を表明しており、NATOへの加盟は全加盟国の同意が必要である以上、トルコは拒否権をもっているわけだ。
報道によれば、エルドアンが反対する理由は、北欧の国が、クルド人テロリストを匿っているということのようだ。しかし、いろいろと検索しても、そういう事実はまったく出てこない。私の検索能力が低いからかも知れないが。スウェーデンが移民大国であることは、周知のことである。スウェーデンは人口が少ないので、労働力が不足しており、移民で補おうというのが基本だった。そして、民主主義社会であることを示すために、移民に対してできるだけ寛容な政策をとってきたが、近年では犯罪なども増え、多少移民政策が変化している。
私がヨーロッパにいた2002年に、比較的大きな話題になったスウェーデンにおける「名誉殺人」事件が起きた。スウェーデンで育ったクルド人の女性が、西欧的な感覚を身につけ、テレビに出演したことで、家族によって、家族の名誉を傷つけたという理由で、殺害されてしまった事件である。
北欧の政治体制から考えて、クルド人に限らず、テロ集団を意図的に匿って支援しているなどということは、ありえないと思う。もちろん、密かにそうした集団が北欧の社会のなかで活動していることはあるかも知れないが、それは世界中で行われていることに違いない。国家がそれを支援していることと、密かに行われていることを防ぎきれていないことを混同することは許されないだろう。
ただし、今回のトルコの反対理由は、とってつけたもので、実際には、ロシアへの配慮に違いない。また、ロシアとしては、トルコに対して、さまざまな利益誘導を行って、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟に反対するように、働きかけるだろう。もちろん、他のNATO諸国も、トルコに対して、説得、圧力、硬軟あわせて働きかけるだろう。最終的には、NATO内部でトルコが孤立してしまうことは、トルコはさすがに避けるのではないかと、希望的観測になるが予想する。トルコにしても、両国がNATO加盟することが、国益に反することは何もないはずであり、ロシアとNATO諸国とどちらをとるかという選択になる。
変に拗れないことを願う。