ウィンブルドン大会でのロシア・ベラルーシ選手の排除は

 ウィンブルドンが、今年の大会にロシアとベラルーシの選手が参加することを拒否する決定をした。これに対して、男女のプロテニス協会がそれぞれ批判をして、対抗措置を公表している。一般のひとたちも、またテニス選手の間でも、意見は大きく割れている。非常に難しい問題なので、考えがなかなかまとまらなかった。
 
 他の大会では、これほど明確に排除をしていないから、「国籍による差別である」「スポーツを政治利用している」という批判が、とくにテニス選手から寄せられている。
 しかし、スポーツの政治利用という批判は、あまりあたらない。むしろロシアが、スポーツを政治利用していることの方が顕著であり、ロシアの国家的なスポーツの政治利用を防ぐという意味は、十分に認められると思う。「国籍による差別だ」というのは、確かにその通りだろう。おそらく、ウィンブルドン主催者としては、そうした非難は十分に考慮した上での結論だと思われる。

 
 あくまで推察でしかないか、ウィンブルドン側が何故、ここまで踏み込んだのかを考えてみたい。
 まず、イギリスはロシアに対して非常に強硬な政策をとっている。それはイギリス人も同様なのだろう。そうであれば、実際にやってきたロシア人の有名人に対して、非常に手荒い行動にでないとも限らない。ポーランドでは、ロシア大使に対して、赤い液体を顔にぶちまけた人がいた。テニスファンは、スポーツ界では穏やかなひとたちだから、可能性は低いとしても、往復などではわからない。
 次に、ウィンブルドンの優勝者には、イギリス王室メンバーがトロフィーを渡す習慣がある。優勝者がロシア人だった場合に、イギリス王室メンバーが、直接祝福するということは、好ましいことではないし、王室から待ったがかかった可能性もある。これは、報道されていることでもある。日本でも、天皇が迎えることになっている行事については、相手国との関係が考慮されるのだから、ありえないことではないだろう。
 第三に、ロシアのウクライナ侵攻への反対声明を求めるという案も検討されたに違いない。しかし、これは、逆に選手を危険に晒す可能性があるということで、各種大会でも検討されながら、あまり採用されない方法である。だから、ウィンブルドンでも採用しなかったのだろう。
 そして、最後に、ロシアに極めて強硬な政府への配慮もあるのではないだろうか。
 
 当然、排除した場合のマイナスも考慮しただろう。
 ロシアは、テニスの上位選手が多い。だから、ロシア選手が出場しないと、盛り上がりかかけてしまう可能性もある。また、ロシアやベラルーシ選手を排除する大会には出ない、という選手たちもいるかも知れない。更に、プロテニス協会が、ウィンブルドン大会には、ポイントを付与しないということを実行すれば、更に参加選手が減る可能性がある。つまり、大会参加選手が、排除された選手だけではなく、ボイコットする選手がでる可能性があり、それだけ盛り上がらないことになるかも知れない。
 プロテニス協会が、ここまで反対し、対抗措置をとることは、予想したかどうかはわからないが、基本的には、マイナスがあっても、ロシア・ベラルーシ選手の参加を認めた場合の損失よりは、大きいと考えたに違いない。政治の世界でロシアに対して行っている経済制裁は、当然制裁している側にも、そうとうな経済的損失をもたらすわけだが、それでも実行するのと同じ感覚といえる。
 
 では選手の意識はどうなのだろうか。以下のような報道がある。
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 個別の選手からも今回の決定を批判する声が多く出る中、当事者であるルブレフも「僕は政治はよくわからないし、ニュースもフォローしていないし、学もないけれど」と前置きした上で、「これは完全な差別。そんなことをしても何も変わらない。それなら賞金を人道的支援のために寄付するという誓約書にサインをさせるなどしたほうが、少なくとも役に立つ」などと主張した。
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 これは、別の選手によって批判された発言だが、このような意識が大方であるとすれば、「差別だ」などと主張することについて、逆に不信感をもたれても仕方ないだろう。スポーツ選手といえども、これだけ大きな侵略戦争が行われている以上、それについてまったく知らないままというのでは、発言の説得力を失わせる。発言する権利を否定はしないが。
 
 以上のことから、ウィンブルドン主催者の決定は、妥当だと思うが、一点疑問に思うのは、なぜベラルーシまで含めているのかという点だ。確かに、ベラルーシは、ロシアのウクライナ侵攻に協力的であることは事実だが、ぎりぎりのところで派兵要請には応じていない。そして、国内でも、ウクライナ侵攻に反対して、ウクライナにわたって義勇兵になる人もいると報道されている。ルカシェンコは、本心はプーチンのウクライナ侵攻に賛成していないので、なんとか最後の武力協力はしないように踏みとどまっている。そのような姿勢を評価して、ベラルーシ選手は認めたほうが、ロシアとの離間を図る意味で有効なのではないかと思うのだ。やはり、実際に、軍事侵攻するかどうかは、決定的に重要だ。
 
 
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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