福島原発事故 東電幹部の無罪判決は日本の劣化を促進する

 今日(9月19日)、東京地裁で、福島原発事故を巡る判決がだされた。おそらくそうなるだろうとは思ったが、やはりそうかという感じだ。
 福島原発事故に関しては、検察が不起訴にしたので、検察審査会が実施され、そこで強制的な起訴に至ったものである。検察が起訴しないということ自体が、検察の堕落だとしかいいようがない。あれだけの大事故を起こし、近隣の人たちだけではなく、日本中の、そして、国際的な被害を与えたにもかかわらず、誰も刑事責任を負わないというのであれば、地位の高い人は、決して罰せられない、無責任な仕事をしても許されるという、社会全体の弛緩と頽廃を生むに違いない。
 争点は、事故が予見できたか、予見できたとして、回避可能だったかが争われたという。予見できたかというレベルの話ではなく、実際に、何年も前から、警告がなされ、実際に国会で質問もされていたのである。その都度、政府も東電も、そのような心配はない、対策はとらないと答弁していた。そして、実際警告が多方面からなされていたにもかかわらず、対策をとっていなかった。それは記録に残っている。
 この裁判で実際に争われたのは、「東電は08年3月、政府の地震調査研究推進本部が公表した地震予測(長期評価)を基に「最大15.7メートルの津波が原発に襲来する可能性がある」との試算を子会社から受け取った。」ということの評価であり、結局、被告たちは、それをまじめに取り上げなかっただけのことである。毎日新聞によれば、弁護側の主張として、「弁護側は、長期評価の信頼性は低かったと反論した。政府の中央防災会議や同業他社も長期評価に基づく津波対策を講じていなかったと指摘。長期評価は、原発の運転を停止する根拠としては不十分で、事故は予見できず、回避もできなかったと主張した。」とのことである。しかし、信頼性が薄いというのは、勝手な決めつけに過ぎないし、結果的にいえば、予測していたことになるのだから、予測を、しっかりと受けとめなかったというのが事実であり、そのことの責任は思い。だから、予測できなかったわけではない。これは、弁護側の論理をもってしてもそうなる。国会での質問は2006年であり、この子会社の試算は2008年だから、しっかりと受けとめれば、対策は充分にとれたはずなのである。
 福島の事故が起きたあと、福島原発の以前の事故に関して、記事で検索したが、福島原発は、かなり頻繁に大小の事故を起こしている。だから、心ある人たちは、福島原発に深刻な事態が生じる危険性を感じ、いろいろな人たちが調査をしていたことも理解できるのである。そうした調査に基づく提言を、まじめにとらない経営者たちが揃っているというところに、東京電力、そして監督する政府の堕落した姿勢があるというのが、現状だろう。
 報道によれば、裁判の過程で、被告たちは、自分たちにはわからなかったと何度も述べたようだが、専門家の提言を理解できないなら、電力会社、特に原発を統括している責任ある地位につくべきではないだろう。

 政府にも大きな責任があるといえる。
 安倍首相は、自然災害の被害に対する、日本の政治責任者としての意識が、驚くほど低いことが、何度も過去に示されてきた。台風15号についてもいえる。台風15号は、極めて大型で関東を直撃し、大きな被害をもたらすことは、かなり以前から気象庁から公表されていた。しかし、その台風直撃にかぶさるように、内閣改造を行った。日程が決まっていたといういいわけをしたようだが、その日程は勝手に自分で決めただけのことで、改造の日をずらすことは、いくらでも可能なはずである。内閣改造が行われるということは、こうした災害が起きたときに、先頭にたって対策のための政治指導をする担当者がいなくなるということである。かなり有能な人がなっても、直ちに仕事にかかるというのは、難しいだろう。つまり、政治力が発揮されなければならないときに、政治的空白が生じざるをえない。しかも、実際に災害担当になった人物は、元タレントの、政治実績などほとんどない人物だった。だから、実際に、千葉で甚大な被害が発生し、今でも継続しているにもかかわらず、政府の災害対策は、ほとんど見えてこない。国民を向いていない内閣に、ますますなっている。
 台風15号より少し前にきた、アメリカのハリケーンに際しては、あのトランプ大統領でさえ、ポーランド訪問の予定をキャンセルして、来るハリケーンに備えたのだ。
 今回の災害では、あまりにはっきりと「不熱心」な態度が露わになったが、これは今でにも何度もあったことだ。広島の豪雨により、大規模な土砂崩れが起きたとき、御嶽山が噴火したとき等の対応も、実におざなりだった。このような、現内閣の姿勢が、今回の東京地裁判決に反映されていると考えざるをえないのである。

 私は教育が専門なので、教育学から考えるとこうなる。現内閣の教育政策の特徴は、とにかく「道徳教育の重視」である。しかし、今の日本社会でいえば、大人社会、特に政治権力をもって日本を動かしている人たちの「道徳水準」が一番問題なのではないか。被告だった3人の道徳的信念は、どんなものなのか。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です