毎日新聞9月12日の地方版(福岡)に、「水泳授業の民間委託検討 久留米市小学校、プール老朽化などで/福岡」という記事が出ている。全46校にプールがあるが、20校が築30年以上となっていることが原因で、検討をしているということだ。既にいくつかの自治体で行われていて、調査したところ「天候に左右されずに授業ができる」「専門家の指導で学習効果があがる」というような結果がでたという。
この記事を読んで、以前私自身が経験したことを思い出した。
私の家の近くに鉄道が通ることになり、ある小学校が駅近くになるために、開発を主導しているところから移転要請があり、近くに移転することになった。その際、私の妻が教育委員会と交流があったので、その学校をどのようにするかの検討チームにはいり、私も部分的に参加した。その際議論になったひとつが、プールだった。とにかく大規模開発する地区だったので、移転先の敷地もそれほど広くなく、また、公民館との併用の複合施設となることが決まっていた。だから、プールを作るのは、けっこう無理があったのである。私たちは、オランダに家族で一年間住んでいて、娘たちが現地校に入っていたから、その経験なども踏まえ、プールは学校に作る必要はなく、近くの駅前にスポーツクラブがふたつもできることになっているので、そこと契約して、そこのインストラクターに指導してもらったらどうかと提案した。スポーツクラブ側としても、子ども用プールを作ったとして、昼間はそれほど多くないはずだし、また、地域の児童・生徒たちが授業で使えば、スイミングスクールに入る子どもたちも多数でてくるだろうから、宣伝になり、双方にとってメリットがあるのではないかと考えたわけである。
今から考えても、その考えのほうが、ずっとよい結果になったろうと思われる。
スポーツクラブのプールは屋内で、温水だから年間を通して授業が可能であり、調査の結果にもでているように、天候に左右されない。近くのスポーツクラブは、子ども用のプールを実際に用意してあって、大人の会員とは使い分けている。
水泳指導の専門家が教えるので、ほとんど泳げない者も少なくない教師よりも、ずっと的確な教え方が可能であるし、また、安全配慮も優れているはずである。
この学校の場合は、駅前からの移転だったので、スポーツクラブまでの距離が短く、安全に移動できる。
そして、学校にプールを作る必要がないので、そのスペースを他に利用できることになる。
以上のようなメリットがあり、デメリットはあまりないように思われる。もちろん、無料で指導してくれるはずもないので、費用を払う必要があるが、公教育の授業であり、かつ宣伝効果も大きいから、それほどの財政負担になるとも思えない。学校にプールを作って、運用しても、かなりの費用がかかるわけである。しかも、学校の場合、利用できる期間はごく短いし、また、天候が悪ければ授業を中止せざるをえない。非常にコストパフォーマンの悪い施設なのである。また、プールの授業は、事故が多く、死亡者がでることもある。私には、一般の小学校教師が、何十人もの水泳の授業を安全にできると考えるほうがおかしいと思っている。
さて、そうした提案をしてみたが、一笑に付されたというわけではなかった。教育委員会のなかにも、また学校の管理者のなかにも、賛同する人はそれなりにいた。しかし、結局は、授業は学校でやるものだ、学校にプールがないのは問題だ、というような「常識」に押されて、プールが作られ、そこで授業が行われている。もし、今計画が進んでいるなら、実施している自治体もあることなので、違った結論になったかも知れない。
小学校の体育の授業が、ヨーロッパと日本では根本的に違う。大学の授業でもそのことを扱うが、近年はヨーロッパ方式に賛同する学生もけっこう多くなった。ヨーロッパでは、社会体育といって、体育施設は学校にはなく、自治体の施設を使って授業が行われる。体育施設は、学校の授業で使うことと、社会人が使うことを、両方考慮して設計されている。また、専門のインストラクターが配置され、体育の授業は彼らが行う。学校の教師は引率していくだけで、教師のために待合室が用意されている。どこでも同じかどうかはわからないが、私の娘が通っている地域では、学年によって利用する施設が決まっているので、年間を通して同じ施設を使う。
社会体育であることの最大のメリットは、大人になっても同じ施設でスポーツができるので、社会人になったからいって、スポーツから離れる人が少ないということである。つまり、生涯体育が実現しやすい。
それから、なんといっても、専門家が指導するという点である。大学の授業で、学生とやりとりするときに、いつも感じることだが、日本では、特に小学校レベルだと、教える者に専門性が必要であるという意識が低いのである。専門家が教えるよりも、担任教師が教えたほうが、子どものことをよく知っているから、よく教えられると考える者が多い。しかし、それはたいていは間違っている。水泳を教える際に、その子どもの学力や教室での態度などを知っている必要はない。もちろん、注意力が散漫だとか、教師のいうことをあまり聞かないとか、そういうことを知っておく必要はあるだろうが、それは実際に教えている過程で直ぐに把握できることである。必要なら、担任から連絡をしておけばよい。
教える場合に、何よりも必要なのは、個々の子どもたちの、水泳に関わる資質や能力をすばやく見極めて、それに応じた対応をとれることである。そういうことは、担任よりも、水泳指導の専門家のほうがずっと的確な指導ができるはずである。だから、子どもたちの感想でも、「泳ぎ方のこつがわかった」ということがでてくるのである。
また、学生たちから出てくる意見として、専門家は、難しいことを教えてしまうので、子どもたちには負担になる、それに対して、担任なら楽しく学ぶ指導ができるというのがある。これもまた、大きな誤解だろう。専門家こそ、楽しく教えられるはずである。専門家は、その分野が好きだから専門家になるのだ。だから、その面白さをよく分かっている人たちだ。そして、多くの専門家は、最初から高度なことを教えるのではなく、楽しくなれるような指導をするはずである。他方、多くの泳げない担任教師が、水泳の楽しさを教えられるはずがない。逆にいえば、うまく教えられず、しかも事故の多い授業から解法されるのだから、教師にとってもかなりのメリットだろう。
体育は、競技によってかなり内容が違うのだから、水泳に限らず、その競技の専門のインストラクターが授業をするのが、教育的にも好ましいのである。