バイロイトでパルジファルを鑑賞

 8月5日、バイロイトでパルジファルを鑑賞してきた。私自身は、ワーグナー党ではないので、好んでワーグナーを聴くわけではないが、なんといっても、オペラ好きではあるので、一生に一度はバイロイトにいきたいと思っていた。今回別の用でドイツにいき、バイエルンに滞在していたので、バイロイトのチケットを申し込んだところ、とれたのはラッキーだった。演目としては、あまり聴いたことがなく、親しまれているとは言い難いパルジファルだったが、ワーグナーが唯一、バイロイト劇場の音響を前提に書いたオペラなので、よかった。
 しかし、粗筋などの解説を読んでも、パルジファルというオペラは、どうもよくわからない。しかも、ワーグナーが書いた台本のように演出が行われることは、最近はほとんどないようで、特にバイロイトは、荒唐無稽ともいいたいほど、妙な演出となっている。音楽や演奏よりも演出が話題になる傾向は決していいとは思わないが、あまりに原作とはかけ離れた演出をされると、話題にせざるをえなくなり、演出家の術策にはまってしまうということだろうか。
 今回の演出は4年目に入るので、それなりの支持者もいるのだが、私には、ナンセンスとしか思えなかった。本来の時代と舞台は、中世(10世紀くらいというのが通説)のスペインである。しかし、ここでは、現代、つまりISが支配しているシリアかイラクあたりということになっており、第二幕のパルジファルは、テロ対策の兵隊のような格好をしてでてくる。どうやらクングゾルがISの首領ということらしいのだが、かなりしらける。本来登場しないアンフォルタスが二幕で現われて、血まみれななったりする。第三幕は、聖金曜日の音楽のところで、舞台奥が現われ、一面明るくなるのだが、裸の女性や男性がでてきて、これもしらけた。音楽をぶち壊している。
 その後、映像で、クングゾルやティトゥレル、クンドリが死んだことが暗示され、その後、聖槍や聖杯の儀式らしきものが続くのだが、正直うんざりの演出だった。
 演奏はすばらしかったと思う。パルジファル自体を聴いたことが2度くらいしかないので、演奏に対する批評眼のようなものがないのだが、どの歌手たちも、圧倒的な響きが持続し、5時間近くもかかるオペラをまったく弛緩することなく歌いきった。特にグルネマンツ、パルジファル、クンドリーは、すばらしかった。今年は4年目ということで、練れてきたのではないかとも思う。この演出の1年目の映像が市販されているのだが、レビューに、一年目より、何度かやったあとのほうがいいのではないかというのがあったが、ぜひ、今年の映像がでないものか。バイロイトの名盤とされているものは、けっこう回数を経てから録画、録音したものが多い。

 ここまでは、どうということもないことを書いてしまったが、一番感じたのは、パルジファルって曲は、そんなに名曲なのかなあ、ということだった。ワーグナー党の人たちには顰蹙をかうことになるかも知れないが、すばらしい演奏を聴いて、惹きつけられはしたが、音楽そのものというよりも、強靱な声の威力に魅せられたというのが、正直なところだ。
 自然科学者は、若いころにしか創造的な仕事はできないとよく言われるが、作曲家も、だいたいにおいて若いころのほうが、インスピレーションに富んだ曲をつくるといえる。高齢まで作曲を続けた大作曲家は少ないが、若く亡くなった人でも、その人の晩年は、創作力が衰えたと感じられる場合が多い。高齢になっても創作力が衰えず、優れた作品を書いた人といえば、バッハ、ハイドン、ヴェルディくらいではないだろうか。ベートーヴェンですら、晩年はかなり長期のスランプを経験している。パルジファルは、ワーグナー最後の作品だが、少なくとも、それまでの作品にはたくさんある、「聞きどころ」というのが、私には少ないとしか感じられない。前奏曲に出てくるふたつのモチーフが、全編にわたって繰り返しでてくることでわかるように、魅力的なメロディーで聞かせる場面が本当に少ない。
 あるワーグナー党の人が、ヴェルディ全集のレビューで、ヴェルディの音楽は、伴奏がブンチャッチャで単調すぎるので、面白くない、と批判しているのがあったが、私から言わせれば、その単調な伴奏で歌われるメロディーが、本当にすばらしいので、伴奏はブンチャッチャでいいのだ。ワーグナーでは、オーケストラが雄弁に語るのだが、それにのっかる歌そのものの魅力が、特にパルジファルでは、どうにも感じられない。特に、過去の説明を長々とする場面がけっこうあるが、そこの朗誦に、ワーグナー党の人たちは、音楽的魅力を感じているのだろうか。今回、はじめてオペラを聴くというドイツ人と一緒だったのだが、語られるドイツ語が、アクセントやイントネーションがかなり不自然なところがあって、何をいっているのかわからないところが多かったといっていた。ワーグナーの台本は、けっこう特殊なドイツ語だということらしいので、それでわかりにくかったということもあるのかも知れないが。
 
 それでも、偉大な作品とされるパルジファルを、聴き込んだわけでもないので、もう少し、いろいろと聴いてみたいと思っている。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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