未来の教育研究5 ナショナル・カリキュラム1

ドイツの教育標準 Bildungsstandards
 PISAショックが最も大きかったのが、ドイツである。2000年に行われた第一回PISAで、ドイツは31カ国中、読解力が21位、数学が、数学・科学がともに20位だった。(日本は8位、1位、2位)しかし、2015年の試験では、11位、16位、15位に上昇している。ヨーロッパでは、イギリス、フランス、デンマーク、スウェーデンよりは上位になっている。つまり、PISAショックからの立ち直りが顕著なのもドイツなのである。もちろん、PISAの成績が、その国の教育の水準を決めるわけではない。国際学力テストは他にもあるし、また、学力テストの成績が教育水準と完全に対応するわけでもない。しかし、テストができないよりはできたほうがよいということも、否定できないことだろう。フランスのように、PISAの成績が必ずしもよくないのに、国家的に気にしていないと感じる国もある。
 しかし、ドイツはちがった。大きなショックを受けたのである。
 ドイツがPISAショックの対応として行ったのは、(1)教育標準の設定、(2)IQB(Das Institut zur Qualitätsentwicklung im Bildungswesen 教育の質的発展のための研究所)という組織を設立して、学力テストVERA(Vergleichsarbeiten 比較作業)を実施、(3)三分岐の学校制度を二分岐へ、(4)基礎学校の授業数増大(午前中から午後への拡大)である。日本が、「ゆとり教育」を緩和した程度だけだったことを考えれば、ショックの大きさがわかる。 
 ドイツが教育標準の作成に舵をきったのは、PISAの実施の以前、1995年であるとされる。ここで、ドイツ語、数学、第一外国語の教育標準が、KMK(州の文部大臣会議、文部科学省の代替的組織)で決定されている。しかし、採用した州は少数だったとされる。*(1)したがって、本格化したのは、やはり21世紀に入り、第一回PISAの結果が公表されたあとである。では、実際の教育標準とはどんなものだったのか。初等学校の算数についてみてみよう。(ドイツの初等教育の基礎学校は4年制である。)”Bildungsstandards im Fach Mathematik für den Primarbereich Beschluss vom15.10.2004″ Beschlüsse der Kultusministerkonferenz

基礎学校算数の項目
 まず最初に、各州がこの標準を導入することが義務であることが明言されている。(p3) 
 そして、数学的一般的能力(コンピテンシー)を以下のようにあげている。
(2)一般的な数学的能力
・問題解決
 ・問題となる課題の処理に際しての数学的認識、習熟、能力
 ・解決手段を発達させ、利用する。(例 システム的に試みる)
 ・全体の関係を認識、活用し、似たような事実関係に転用する
・コミュニケーションする
 ・自身のやり方を記述し、他の解決法を理解し、共に考える
 ・数学的専門概念や図を正しく使う
 ・課題に協力して取り組み、その際約束をして、それを守る
・議論する
 ・数学的命題を検証し、正確さを確かめる
 ・数学的関係性を認識し、推論を展開する
 ・理由づけを求め、跡づける
・モデル化
 ・事実の記述、生活の現実の他の表現か重要な情報を引き出す
 ・数学の言語のなかの事実問題を翻案し、数学内的に解決し、この解決を出発点の状況に関連づける
 ・用語、比較、図式的表現に対して、事実課題を形成する
・表現する
 ・数学問題の処理のために、適切な表現を発達させ、選択し、活用する
 ・ある表現を別の表現に移しかえる
 ・表現を相互に比較し、評価する
(3)相関的な数学的能力の標準
1 数と操作
・数表現と数関係の理解
 ・10進法の理解
 ・1000000までの数を、多様に表現し、関連させる
 ・1000000までの数領域を確認する
・計算操作を理解し、使いこなす
 ・4つの計算方式とその関係を理解する
 ・暗算の基礎課題(1+1、九九、数の分解)を記憶して使いこなし、その逆を安定して導き出し、その基礎課題を、より大きな数領域で、類推的な基礎認識でもって、転用する。
 ・口頭、あるいは半分記述した計算方法を理解し、適切な課題で応用する
 ・多様な計算方式を比較し、評価する。計算の間違いを発見し、説明し、訂正する。
 ・計算法則を認識し、説明し、活用する
 ・足し算、引き算、掛け算の筆算を理解し、流暢に実行し、適切な課題に応用する
 ・概算による解決と、逆転操作の応用によってコントロールする
・文脈で計算する
 ・事実の課題を解決し、その際、事実間の関係と、ここの解決の歩みを記述すること
 ・結果を納得のいくように検証する
 ・事実の課題に際して、概算で足りるか、あるいは、正確な結果が必要であるかを、決定する
 ・事実の課題をシスティマティックに多様化する
 ・単純に結合した次第を、検証を通して、例えば、システィマティックな方法で解決する
2 空間と形
・空間で確認する
 ・空間的な創造力を獲得する
 ・空間的な関係を認識し、書き留め、活用する。
 ・建築物(例えばサイコロ)の二次元、三次元の描写を、相互に関係づける。(提示によって構築する、建築計画を建築物まで作成する、縁の模型や展開図を求める)
・幾何学的な形を認識し、命名し、描く
 ・身体と各体型を性質によって分類し、特質を整理する
 ・身体と各体型を環境のなかで再度認識する
 ・身体と各体型の模型を作成し、探求する。(作る、置く、分解する、結合させる、切り離す、折り畳む)
(以下略)

*(1)PISA und die Bildungsstandards, Hans-Dieter Sill
http://www.math.uni-rostock.de/~sill/Publikationen/Curriculumforschung/Pisa_und_die_Bildungsstandards_07.pdf
2008.5.14
 項目が掲載されたあとは、課題のだし方などの例がたくさん掲載されている。一例を紹介する。

 左の箱がそれぞれいくつ使われているを右側の数値配置であっているものを考えさせるという課題である。
 おそらく、日本の学習指導要領と似ていると感じるだろう。内容的な比較はあとで行いたい。
 ドイツは、こうした標準化された教育内容に応じた全国的なテストVERAを実施する体勢をとっている。(試験は別に紹介する)

アメリカ
 アメリカは、スプートニク・ショックや「危機に立つ国家」などを契機として、学力の低さを克服する試みがいろいろと試みられてきた。特に、21世紀になって、知的優位に立つことの絶対的必要性から、多面的な学力像の究明と提示、それに基づくテストの実施をしてきている。
 アメリカでは、教育は州の権限に属するので、1980年に連邦政府に教育省が設立されるまでは、連邦政府に教育を司る省庁がなかったのである。したがって、学校制度は州ごと異なっており、教育内容も同じではない。学習指導要領は、教育委員会が作成するのが原則であり、当然、アメリカ全体での共通のカリキュラムは存在しなかったわけである。当然、今でも存在しない。
 そういう中で、国家全体のカリキュラムの標準化を目指す common core の設定と、21世紀の学力像を模索する21世紀パートナーシップの新しい学力像の提示が、前者は連邦政府の事業として、後者は、民間主導の協会の事業として提起されるようになった。 
 common core は、英語の語学技術と歴史、社会科学、科学、技術のリテラシー、そして数学の標準を、K12(小学校から高校まで)の段階で示していくものである。the Council of Chief State School Officers (CCSSO)と the National Governors Association (NGA)が中心となって制定している。連邦政府の事業であるので、州に対する強制力はないが、例によって補助金の誘導で多くの州で採用されている。”Common Core State Standards for English Language Arts & Literacy in History/Social Studies, Science, and Technical Subjects” Common Core State Standards Initiative
common core 算数の例
 ドイツと対するために、数学の小学校4年生の部分をみてみよう。

 Grade 4 Overview
・操作と代数的思考
 ・問題を解決するために整数を使った4つの操作をする
 ・約数や倍数に親しむ
 ・パターンを一般化したり、分析する
・基礎10の数値と操作
 ・多桁の整数に対して、桁の値の理解を一般化する
 ・多桁の代数を行うために、桁の値の理解と特性を使う
・数字と操作-分数
 ・分数の同値と順序化の拡張理解
 ・単位分数から分数をつくり、整数に関する操作の理解を応用、拡大することによって行う。
 ・分数のための10進法表記を理解し、少数と比較する
・計測とデータ
 ・計測にかかわる問題と、大きな単位から小さな単位までの計測の転換を解決する
 ・データを示し、説明する
 ・幾何的計測: 角の概念を理解し、角を計測する
・幾何学
 ・線と角を描き、確認する。そして、線や角度の特性によって、形を分類する

 以上のような原則に、それぞれ例をあげている。例えば、最初の整数による4つの操作では、35=7×5 であり、また、5×7も同値であることを理解させるというように。”Common Core State Standards for Mathematics” Common Core state standards initiative
 ところで、すべての州でCommon Coreが歓迎されているわけではないようだ。Common Core Scrapped Under Florida Gov.’s Executive Orderという記事によると、フロリダ知事のRon DeSantisは、Common Core をやめて、従来の基礎学力、読み、書き、算に戻ると表明している。もっとも、記事によれば、コアが、気候変動や進化論を重視していることに対して、批判的であるとしており、やめることについて、必ずしも好意的に受けとめられているわけではないようだ。
 なお、気候変動の重視ということになると、トランプが反対しそうであるが、現在のところ、トランプは教育政策について、あまり口出しをしていない。

 アメリカのもうひとつの重要な提起は、21世紀パートナーシップの新しい能力観である。(長くなるので明日にする)

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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