未来の教育研究2 三分岐・総合制・単一学校制度

 三分岐型は、多くが、伝統的なエリート学校で、大学に接続する学校(グラマースクール、ギムナジウム(ドイツ)、VWO(オランダ))、義務教育となった小学校の上に接続する高等科が発展した学校(モダンスクール、ハウプトシューレ、MAVO)、そして、従来からある職業学校・実科学校(テクニカルスクール、レアルシューレ、LBO)の三つのタイプに分かれる。実科学校のレベル、評価は、国によって異なる。イギリスやドイツでは比較的高いが、オランダでは低い。そのために、MAVOとLBOは統合されている。(オランダでは、その統合前は4つに分かれていたが、統合によって3つのタイプになった。)
 総合制の学校制度は、この三分岐制度に対抗して構想されたものである。従って、1960年代になり、提案がなされ、政治的な争点となった。保守党は三分岐維持で、社会民主党(労働党)が、総合制を支持したために、自治体の政府をどちらの政党がとるかによって、左右された。
 イギリスでは、1944年法(バトラー法)によって、義務教育が15歳に延長されたために、初等学校以後の進路選択をどのようにするかが問題となった。通常義務教育は、初等教育まで設定されて始まるから、その後は各人の都合に任されていた。しかし、大幅に中等段階にまで延長されると、当然何らかの選抜がなされることになる。以前は、主に経済力によって分かれていたといえる。しかし、義務教育となれば、「能力」が主要な判定基準となる。全国的な試験を行うか、あるいは学校の成績による。もちろん、ある程度親や本人の意思を加味することもある。(オランダ)
 イギリスは、知能テストを含んだイレブン・プラステストを実施し、その成績によって選抜したために、知能論争も含めた激しい論争が繰り広げられ、対抗的にコンプリヘンシブ・スクールの構想が対置され、次第に拡大していった。1970年代に登場したサッチャー文相、そして首相になったからも、コンプリヘンシブ・スクールを抑圧し、グラマースクールの復権を試みたが、コンプリヘンシブ・スクールの勢いをとめることはできなかった。ただし、コンプリヘンシブ・スクールといっても、単一の学校種とはいえず、なかに三分岐に似たストリームに分けたり、あるいは、前期と後期にわけ、後期は明確にコース別の学校になっている場合も少なくなかった。サッチャー改革によって、学校の経営形態が多様になり、学校選択制度も導入される地区も増え、制度論争はあまり起きていない。イレブンプラス・テストは、サッチャー登場以前に廃止されている。
 ドイツは、州が教育を管轄することになっているので、州ごとにどちらかを採用することになるが、数的には三分岐制度が多く、ゲザムトシューレは少ない。しかし、ドイツは、PISAの最初の成績が極めて悪かったために、ドイツ教育に対する反省的な議論が起り、三分岐制度が低学力の原因のひとつであるとされて、二分岐制度に移行しつつある。ハウプトシューレとレアルシューレを統一し、ギムナジウムとの二分岐制度になるわけである。この改革は現在でも進行中であるといえる。
 オランダは、教育の自由や平等を尊重する民主主義原則に則った教育制度をもった国であるが、中等教育制度は、現在でも三分岐を維持している。これは、教育論としては、無視できない重要性をもっていると思われる。
 従来の民主主義教育理論では、分岐制度は反民主的で、統一的制度こそが、つまり、みんなが等しい学校水準で学べることが民主的であると主張してきた。その典型がフランスや北欧である。しかし、フランスでも、北欧でも、実際に平等が達成されているかという問いが常に投げかけられ、不平等は次第に拡大していると言われている。
 では、オランダは何故、現在でも三分岐制度を維持しているのだろうか。もちろん、オランダでも統一的な学校にすべきであるという意見は、絶えずだされていることも事実であるのだが。
 オランダでは、「選択」が保障されていれば、各人が自分に適合した学校種、そして学校そのものを選択するのだから、それは決して「不平等」ではないという前提があると、解釈できる。
 教育は、各人の能力や資質を最大限に伸ばすことであるとすれば、能力や資質は多様であり、社会が求めるものも多様になっているわけだから、各人に応じた教育が求められることは当然である。日本の高校は、法的にはまったく平等であるが、同じ普通高校であっても、偏差値で輪切りにされ、同じ学習指導要領に従って教育していても、行われている教育や学習は、かなり相違がある。公立中学から底辺校と言われる高校で学んだ生徒と、中高一貫の有名な進学校とで学んだ生徒とでは、まったく異なる学習をしているはずである。
 オランダと日本を比べると、日本は形式的には同じ高校だが、偏差値という「学力」でわけられて、法的には同じ学習内容だが、実質的にはかなり異なる内容を学ぶ。高校選択は、形式的には自分で選ぶのだが、実質的には、他者によって選別されている。
 他方オランダでは、三種類の中等学校は、学ぶ内容も、また年数も、また卒業後の進路も異なるが、そのことは予め明確になっており、自分の学力や学習意欲を基に、進むべき学校種と学校を選択する。もちろん、年々、成績による「指導」は強くなっているが、最終的には、本人の選択である。そして、卒業後、別の学校種に編入することもできる。つまり、バイパスがある。
 日本は、バイパスはないが、大学進学の際には、再び形式的平等性が復活する。どんなに偏差値が低い高校で学んでも、それで大学受験が形式的にも制限されることはない。
 更に異なる点は、日本では高校をドロップアウトしても、大学検定試験に合格すれば、大学受験の資格が得られるが、オランダでは、バイパスを利用するとしても、原則的に、VWOを経由しなければならない。(もっとも、高等専門学校や社会人を経由しての進学の道はある。)
 どちらがより民主主義的であるかは、単純にはいえない。
 フランスは、前期中等学校をコレージュ、後期をリセとして、単一のシステムにしているが、実際には、日本の高校のように、普通科と職業科のような種類分けがあり、中等教育修了試験としてのバカロレアも分かれている。バカロレアをすべてカウントすると、数十の種類に分かれている。だから、本当に単一の学校種といえるかは、議論の分かれるところだろう。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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