大坂なおみの不調 「迷ったら苦しい方を選べ」

大坂なおみが、また破れた。ウィンブルドンは最初の試合での敗退だ。全豪オープンでの優勝後、ほとんど活躍できていない。しかし、こうなるのではないかと、大坂が全豪オープンのあと、コーチを突然変えたときに予想した。もちろん、今後どうなるかはわからないが、また、コーチを変えた真相は知るよしもないが、とりあえず、想像した仮定での考察をしてみたい。それが事実とは違っていたとしても、考察の筋道そのものは意味があると思う。
 大坂がコーチを変えたときに、まず思い出したのは、天才ボクサーのマーク・タイソンのことだ。
 史上最強とまでいわれたタイソンは、ある時点からほとんど勝てなくなり、その後かつての、ボクサーとしての栄光を取り戻すことはなかった。そして、そのきっかけも、周知のことになっている。
 タイソンは、もともと優秀な素質(知的にも)もっていたと思われるが、両親がともに早くなくなるなどの不幸な育ち方をした結果、荒れた生活を送って少年期を過ごす。特に、腕力に優れていたので暴力事件も何度も起こし、少年院にいれられる。そこで矯正プログラムとしてボクシングを習い、そこで注目されてカス・ダマトという優れた指導者の下で、英才教育を受ける。極めて厳しいトレーニングだったようだ。そして、世界の頂点へとまたたく間にのぼり詰めるわけである。しかし、ダマトが絶対に近づくなと忠告していたドン・キングという人物のプロモートを受けるようになる。ドン・キングは、極めて有利な経済的条件を提示し、ダマトのような厳しいトレーニングをしなくてもいい、というような対応をしたと、言われていた。ダマトは死んでしまったので、タイソンがダマトを変えたわけではないが、少なくとも、生前のダマトの忠告をしっかり守っていれば、その後の急速な転落はなかったろうとされている。
 つまり、いくら才能があっても、厳しいトレーニングを回避すれば、直ぐに転落するものだということ、タイソンほどの才能をもった人物でも、楽したいという誘惑に勝つことは難しいのだろうということなのだ。
 大坂に戻る。
 大坂は2019年の全豪オープンで優勝し、世界ランクングが一位になってすぐ、全米、全豪の優勝を可能にしたコーチ、サーシャ・バインを解任した。解任の理由は、もちろん本当のことは言われていないのだろうが、私は、彼女の説明の端々から、やはり、拘束がきついと感じている、もっと自由にやりたいという気持ちを感じた。そして、マーク・タイソンのことを思い出したのである。だから、今後負け続けるのではないかと、予想した。今のところ、残念ながらあたってしまっている。
 テニスは、おそらく個人スポーツのなかで、もっともハードな部類ではないかと思う。2時間以上個人として競技し、かなりの時間走っている。サーブなどは全力で打ち下ろす。そして、勝ち進むと毎日試合がある。更に、ひとつの大会から次の大会へ移るときには、国境を超えていく。家族と過ごす時間なども滅多にないという人も少なくないらしい。その間にも練習・練習だ。
 そのなかで、コーチに厳しいトレーニングや生活態度を強制され続けたら、嫌だという気持ちが起きることは理解できる。しかし、そこから抜け出したいと思ったら、もう栄光は逃げていくのだ。以前から精神的な不調があったという話もあるが、それを乗り越えて、世界ランキング一位の選手になる上で、もっとも大きな貢献をしたのが、バインコーチであったはずだ。もし、もっとよいコーチにつくためだったら、そういうコーチを見つけてからにするのではないだろうか。しかし、彼女は、しばらくの間コーチなしだったはずだ。やはり、拘束から逃れたかったのだと、私には思われる。
 数年前に、テレビで女子バトミントンの第一人者の一人、奥原希望のインタビューをみていたときに、彼女は父親の指導を長く受けていたのだが、父親が常にいっていたことは、「迷ったら苦しい方を選べ」ということで、彼女はそれをずっと実践してきたというのだ。練習などで、どうしたらいいかわからなくなる、いくつかを考えて、迷う。そういうときに、方法としてどれが正しいかわからないときに、苦しい方を選択しろという教えだ。こんな教えは初めて聞いたし、更に驚いたのは、奥原がそれをずっと実行してきたということだ。それが世界トップランクの選手になったひとつの理由だった。これは自分にとっても、大きな教訓となると思っている。
 大坂は、やはり、サーシャ・バインコーチ以上の厳しいコーチについて、じっくり練習をすることしか、再起はありえないのではないかと、私は思っている。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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