名古屋城の木造復元問題 復元でも新築は現代の基準で

 世界中から注目されているG20挨拶で、安部首相が、大坂城はすばらしい復元だったが、唯一エレベーターの設置はミスだったと述べて、顰蹙をかっている。社会的弱者のことなど、つゆほども考えていない首相らしい発言だと思ったが、もしかしたら、名古屋城で散々揉めていることを意識し、エレベーターなど作るなと、作らない派にエールを送っているのかも知れない。
 名古屋城問題は、あまり関心がなく、詳しいことは全く知らなかったのだが、調べてみた。2009年からの毎日新聞の記事を検索にかけて、目を通した。これほど膠着していたのかと驚いたが、安部首相の応援は、かえって河村市長にとってプラスにはならないに違いない。
 一応、経緯と論点を整理しておこう。
 名古屋城は、明治初期の城の破壊を免れたが、第二次大戦の爆撃で消失してしまったので、コンクリート建築で再現されたのが、今の名古屋城である。もちろん愛知県の観光の重要な名所のひとつだが、耐震の問題があるので、補強工事を計画していた。しかし、2009年の市長選で河村氏が当選し、彼の強い意欲で、木造の復元にする方向に舵をきった。名古屋城の図面など、江戸時代の復元に可能な資料がかなり揃っているのだそうで、コンクリート建築であれば、耐震補強したとしても、建物自体の寿命があるので、木造として復元したほうが、長持ちするし、また、観光的な意味でも歓迎されるという判断のようだ。そして、2020年のオリンピックにあわせて、完成するという構想だった。
 しかし、その後様々な懸案事項が発生する。
現在の試算で500億以上
 まずは莫大な建築費用がかかる。当初、市長は全額入場料で捻出するという見解だったが、数年後には、寄付を募ることになって、100万以上寄付したものは30年入場無料とする、あるいは、1円からの寄付も受け付けるという方針で、おそらく実際に寄付を集めていると思われる。しかし、現時点での判断では、建築費が504億かかると、現時点で工事を請け負うことが決まっている竹中工務店は計算している。莫大な金額であるが、こういう金額は、工事が延びるにしたがって跳ね上がる。入場料や寄付で捻出できるかは、かなり疑問がもたれている。
名古屋城の史跡は石垣
 次に、石垣問題がおきている。名古屋城に関する有識者会議というものがあるようだが、その見解では、石垣がかなり痛んでおり、城の建築より、石垣の補正が優先されるべきであるという見解を、一貫してだしている。実は、名古屋城は、国の特別史跡に認定されているが、それは、石垣が江戸時代のものが保持されているからだという。城の天守閣そのものは戦後のコンクリート建築だから、史跡ではない。文化庁も一貫して、石垣にマイナスとなるような工事は認められないという態度をとっている。特に、熊本地震で、熊本城の石垣が崩れたことが、この点を厳しくしている。有識者会議は、まず石垣のきちんとした補正をしてから、城を解体して、建築工事にはいらなければならないという立場だが、河村市長は、早く完成したいので、先に解体したい意向のようだ。実際に、2019年4月に、解体のみの申請を文化庁にしたが、継続審議になっており、現時点で許可されていない。弱っているとされる石垣の補修をしないままの城の解体は、認められそうにない。
本物志向とエレベーター
 一般的に、最も揉めているのは、エレベーター問題である。2017年くらいから、主に障害者団体と河村市長との間で大きな争点になっている。極端な言い方だろうが、市長は、ボランティアがおぶって、階段を登っていけばいい、というような乱暴な言い方をしたことも、紛糾させた原因のひとつだろう。エレベーター問題は、歴史遺跡の保存と観光という、補いあったり、矛盾し合ったりする関係の象徴的問題になっている。もっとも、市長が、木造復元に拘るのは、歴史遺跡意識かというと、必ずしもそうではないと思われ、観光価値がそれだけあがるという意識のようだ。しかし、実際に訪れる観光客の「本物志向」は、木造復元を歓迎し、更に、内装もできるだけ歴史的実在に近い状況を望むのだろう。だから、エレベーターがあるなどということは、偽物の城になる。しかし、観光という目的をとる限り、100%の本物の再現などはありえないし、100%の再現を実行し、維持するとしたら、観光は相当制限せざるをえないだろう。大仙陵古墳(仁徳天皇陵)のように、近くまでしかいけないようにするか、あるいは、古い寺社のように、建物の廊下まではいれるが、なかの仏像などは廊下から見るのみ、というような制限をしている歴史的建築物はいくらでもある。そうしなければ、歴史資産がダメージを受けるから、仕方ないといえるだろう。
 逆になかにはいれるような史跡は、定期的に修理するし、建物内は、完全に昔のままなのではない。展示物のための室内保温装置や、展示物に触れないような枠など、更に、多くは電気の証明が入り、暖房も歴史的あり方とは異なる。だから、「本物」といっても、100%本物であるものが、観光客が自由に観覧できるようになることは、通常はないわけだ。そもそもいくら木造で、図面通りに建築したとしても、それは新築の城には違いないのだ。
 そして、障害者に関する基本条約を批准している日本としては、それを守る必要がある。
 条約には、一般原則として「使節及びサービス等の利用の容易さ」「移動補助具、補装具及び支援機器(新たな機器を含む。)並びに他の形態の援助、支援サービス及び施設に関する情報であって、障害者にとって利用しやすいものを提供すること」が規定されている。市の施設である名古屋城で、障害者が利用できない状況に設計されることは、条約違反の疑いもある。
 実際に、2018年、エレベーターなしは違法であると、弁護士が指摘している。
 さすがに、市長は、「新技術」を使った次のような対応策を模索するとして提案した。
 ◇「新技術」の想定候補
・段差を上る車いす型ロボット
・装着型の移動支援機器
・仮想現実(VR)・分身ロボット
・車いすに乗ったまま乗降可能なチェアリフト
・車いすに乗ったまま乗降可能なはしご車
・フォークリフト・高所作業車
・車いす用段差解消機
・搭乗可能なドローン
・二足の移動補助ロボット
・パワードスーツ
・人工筋肉
 許容範囲だと思われているのは、チェアリフトであるが、障害者団体から、城の階段をチェアリフトで昇降するのは、困難だという見解が表明されているようだ。私は、可能だとしても、エレベーターをつけることと、どれほど違いがあるのだろうかと思う。エレベーターが本物感を損なうとしたら、チェアリフトも同じなのではないだろうか。それに対して、ロボットやドローン、人工筋肉で、車椅子の人が4階5階までいけるとは思えない。天守閣の階段はかなり急なのだ。
 そのような疑問に対して、市長は、「そんなこと言っとったら、新技術のチャレンジなんかできませんよ。」と声を荒らげたという。(2018.5.31毎日新聞)
 このように書いていくと、少なくとも外部的には、詳細な計画は、まだまだたっていないようにみえるが、実際には、いくつかの重要な事項が進行している。
正式には認可されないないが進行
 ひとつは、木材の伐採である。城の天守閣を木造にするのだから、かなりの木材が必要であるし、特別に長く太い必要がある。奈良時代や平安時代から、重要な宮殿や寺を造営するときには、植林から始めたと言われている。木材は植えられた場所によって、乾燥したときの反り方が異なるので、そうした反り方を計算した上で植林したり、あるいは伐採したりするわけである。そうした材料の厳選があるから、何百年ももつ木造建築が可能になる。2009年から言い出された木造復元で、そこまでの緻密な計画がたっているのだろうか。既に全国各地で名古屋城用の木材が伐採されていると、新聞には書かれている。
 もうひとつ走り出しているのは、施工業者が竹中工務店と決まり、設計を始めており、それに対して8億4500万円の設計量が支払われている。そして、まだ正式に文化庁によって承認されているわけでもないことに、莫大な支払いをするのは、違法であると提訴されているのである。
 以上の経過をみれば、今後スムーズに名古屋城が復元されるとは、とうてい思えない。
 私は城が好きなので、旅行先で城があれば、できるだけ見るようにしているが、江戸時代のままに残っている城は、その保存を大事にしてほしいし、だから制限も必要だと思うが、完全な再建に関しては、見るものに便利なように配慮し、それこそ新技術を駆使すればよいと思う。河村市長の拘りには、あまり共感できない。エレベーターについていえば、設置するのが当然だろう。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です