オランダの不登校問題3 学校不安と学校恐怖

 今回は「学校不安」「学校恐怖」について考える。
 日本で、登校拒否という言葉でいわれていたときには、主に、オランダでいう「学校不安」「学校恐怖」と同じような現象が念頭におかれていた。前回扱ったチェックリストの、登校しなければならない朝に、頭痛や腹痛がおきたりするという現象は、日本でもさかんにいわれていた。そして、そんなときには無理に学校に行かせなくてもよいという「社会的雰囲気」が醸成され、文部科学省もそれを追認するような姿勢を見せて、認定されたフリースクールのような施設にいっていれば、出席として扱ってもよいなどとしている。しかし、学校に行かない事例は、必ずしも身体的症状が起きるわけではなく、明確なさぼりの場合もある。オランダでは、このふたつは区別され、別の対応がとられるわけである。つまり、学校そのものに不安を感じたり、また、恐怖心を起こすような何かがあって行けないのと、単なる勉強嫌いでさぼっている場合は、異なる対応が必要なことは自明である。ところが、日本では、登校拒否という言葉を、不登校に変えたあたりから、この相違が曖昧になっているような気がする。前回掲載したチェックリストも、学校に行かない要因の識別に使うものであり、該当する項目が大きい場合には、学校不安や学校恐怖であるが、少ない場合には、さぼりであると、とりあえず判定して、次の対応をするものである。私の認識不足である可能性もあるが、私の調べた限りでは、またさまざまなところからはいる情報からは、要因の識別をした上で、それぞれの対応がとられることは、日本においては徹底していないようだ。オランダの場合には、一回目で書いたように、就学義務を徹底させるための担当官がいるから、欠席が長引いている場合には、担当官が調べるし、また、親が簡単にできるチェック項目があり、それに応じた相談が可能になっている。

 学校不安や学校恐怖について書かれた論文を紹介しながら、多少考察していこう。
 ’Angst voor school’(学校に対する不安)という文章で、T. de Vos Van der Hoeven が著者である。 https://www.opvoedadvies.nl/schoolfobie.htm
 短期の欠席は誰にでもあるもので、特に問題ではないが、長期になると問題が生じる。そして、長期欠席の理由はだいたい4つあるとする。
1 病気 90%
2 さぼり 5% 
3 家庭での手伝いをしている  
4 行きたいが登校できない 10-11歳の3%、全生徒の1%
 病気による長期欠席は、法的にはまったく問題とされず、合法であるとされる。2以下は違法な欠席で、担当官が対応することになる。家庭での手伝いというのは、もちろん少ない。親同士の関係が悪化し、離婚の危機があるときには、子どもは登校できなくなることが多いといわれている。親に捨てられる恐怖と、自分がいない間に、親が去ってしまうという不安で、学校に行けなくなる。そのような不安は、実際に不登校になっている子ども自身が、インターネット上で発信している例が少なくない。
 4が、学校不安とか学校恐怖と呼ばれるもので、さぼりとの違いは、さぼりは、親もその事実を知らないために、対応していないし、学校に報告もされていないのに対して、学校不安による登校拒否は、親がそのことを承知しており、学校にもその旨届けている点である。日本の場合には、さぼりによって学校にいかない場合、長期にわたる場合も考えられるが、オランダでは、学校からの連絡や、就学担当官によって知らされ対応される。日本の場合にも、もちろん学校は欠席児童や生徒に連絡するが、親が仕事でいない場合には、連絡がつかないままになるし、また、例外的ではあろうが、出席停止措置がきちんととられずに、違法な形で、問題生徒を登校させない学校も実際に存在する。私自身、そうした事例を直接校長から聞かされたことがあり、「親から抗議はないのですか」と質問したところ、そういう生徒の親は、子どものことに関心がないから、抗議などないとの答えが返ってきた。学生に聞いたところ、そういう事例は確かにあるという答えが何人かからあった。更に、実質的にはさぼりであっても、登校を促すことへの消極的態度から、親も学校も知っている場合があるとも考えられるのである。
 さて、学校不安や学校恐怖について、Hoeven氏は、次のように書いている。

 「学校恐怖はたいてい身体の異常に現れる。親は問題があるなどと疑わない。しかし、子どもがなおも学校に行こうとしないことに気づく。身体的異常は維持されるが、そこに原因があるようには思えない。親は、不安や抵抗を思い起こすよりは、学校に子どもを行かせようと試みる。学校に連れて行かれても、家庭に戻ってしまう。親はしばしば、また学校に戻すという、矛盾した態度をとってしまう。一方で、子どもを学校に行かせたいと思い、他方で、子どもは病気なので、家にいさせるのがいいと思う。学校恐怖による欠席は2週間から1年に及ぶこともある。
 子どもに学校恐怖があるとき、家族のなかに問題があることが多い。ときどきそれが、子どもが学校にいく必要がない理由とされる。子どもは学校にいきたいが、家庭を離れることを不安に思う、あるいは、親が病気で子どもが面倒を見るなど。転校やクラス変え、病気のあと、家庭で何かおきている、などの生活環境の変化で、不安が起きることもある。多くの場合、長く学校にいかなかったあとに、学校拒否として現れる。だから、長期休暇のあとが多い。また、学校に関連した多様なことがらで不安が起きることがわかる。教師が家にきたり、宿題がでたり、クラスメイトと接触することで、不安を感じるものもいる。
 学校不安は更に悪循環を生む。学校にいかないから、学校の課題に遅れ、それが、学校にいくことを更に恐れさす。遅れが拡大する。」

 不安の種類を、家庭の分離不安、学校での人間関係の不安、失敗の不安をあげている。そして、それに応じて対応策を提起するが、親と学校が協力して、不安の要因となっていることを除去しつつ、自信をつけていくというようなことである。しかし、家庭での分離不安、離婚の危機が学校にいくことを不可能にする、というような問題状況は、親が解決するしかないだろう。オランダに限らずヨーロッパの白人社会では、「子はかすがい」のように、子どもがいるから離婚を思い止まるという感覚は少ない。結局離婚して、子どもは傷つき、義務として学校には行かざるをえなくなり、時間の経過とともに、傷が少しずつ癒えていく、あるいは残る。第一回に書いたように、オランダでは、学校にいくことは、日本に比べてずっと重い義務なので、このような場合は、子どももやがて学校にいくようになるのが普通のようだ。
 学校自体に恐怖を生む要因があれば、それは学校として解決に取り組むことになる。教師の態度やいじめなどがあるが、学校の取り組みが不十分で、解決できないと感じたら、オランダでは転校することが可能だ。
 オランダは12歳で、3種類のレベルの異なる学校種に分化して進学するので、そのストレスは大きい。その失敗不安だが、勉強することで成績をあげる、人生を長期的に考えて、自分にあう道を選べばよい、と納得するなど、個人的に対応はかなり異なるように思われる。12歳で選択するが、やり直しも比較的容易なので、考えかたを変えることによる解決もある。

 まとめておこう。
 オランダでは、就学義務は、日本よりもずっと厳しく管理される。違法な欠席は、専門の担当官によって日常的に対応がなされており、義務就学を果たさないと、人生に大きなマイナスとなるので、学校不安などの欠席でも、とりあえず登校させ、そして、問題に向き合いながら慣れていくという方法が基本である。もちろん、心理療法的解決もある。
 学校の解決努力に不満があるときには、学校を変更する道もある点が、日本とは異なるといえるだろう。.

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です