オランダの不登校に対する対策を考える前に、日本の義務教育制度との相違を再度確認しておく必要がある。
オランダと日本の義務教育システムの違い
第一に、日本の法律では、国民は教育を受ける権利をもっていること、そして、保護者は保護する子弟に、普通教育を受けさせる義務を負っていることが決められている。つまり、子どもには、「教育を受ける義務」あるいは「就学義務」はない。「就学義務免除」という概念はあるが、それは保護者が「就学させる義務」を免除するということであって、事実上は、子どもの就学義務の免除であるが、法律的な意味はまったく異なる点である。しかし、オランダでは、学齢の子どもの就学義務が規定されている。したがって、義務違反は子ども当人に及ぶことがある。
第二に、日本の義務教育は、その修了や認定が極めて曖昧であり、ほとんど不登校であっても卒業証書を受け取ることができるが、オランダは落第があることからもわかるように、違法な欠席が長ければ、義務教育の修了が認定されず、後の生活に支障をきたすことになる。
第三に、日本の義務教育は6歳から15歳と短いが、オランダでは5歳から18歳未満まで、つまり、成人になるまでと長い。18歳の段階で、決められた義務教育の課程の修了認定を受けられないと、23歳まではそれを再履修して取得することを指導される。
以上のことからわかるように、オランダでは、不登校状態になると、子ども自身が違法行為をしていることになるので、子どもを学校にいかせることは、極めて重要な施策と位置づけられるのである。日本のように、親が罰金を払えば、少なくとも法的制裁は終わるというものではないのである。そこで、自治体は最低1名の義務就学公務員(leerplichtambtenaar)を任命して、不登校の子どもの登校を促す活動を行わせている。
不登校問題解決に最も大きな働きをしているのは、なんといってもこの担当官だろう。youtubeには、担当官のインタビューや実際の活動の模様を写した映像が多数ある。それを見ると、実際に教室にいって出欠を確認したり、親と面談したり、子どもたちに、義務教育の説明をしたり、あるいは関係者の集まった会議で相談したりと、活動は多彩である。そして、担当者たちが作成するサイトをみると、制度的に定められた職務であり、子どもたちも義務を果たす必要があるので、学校にいかないとどういう結果になるか、生活に支障をきたすのだということが「切り札」のようになっていることがわかる。
日本では、不登校でも高校受験できるし、高校を退学しても大検に合格すれば、大学受験が可能である。しかし、オランダでは、基礎学校の卒業認定を受けられなければ、中等学校に進学できないし、中等学校の卒業試験に合格しなければ、その上級学校に進めないのである。オランダは、それでもやり直しが比較的容易な仕組みになっているが、あくまでも「やり直す」必要がある。日本は、やり直すことをしなくても、やり直しがきいてしまうようなシステムといえるだろう。だから、オランダの不登校は、日本よりもずっと重大な結果を子どもにもたらすのである。担当官が子どもを説得する上で、この仕組みを「武器」にするといったらいいすぎだろうか。逆にいえば、日本には、不登校の子どもを説得するための、このような「武器」が存在しない。学生たちは、ボランティアで学校にいくと、子どもたちから「なんで勉強しなければいけないの?」と聞かれて困ったという経験談を話す。確かに、こういう問いかけに、納得のいくように、子どもに説明するのはとても難しい。しかし、学校に復帰させるという点でいえば、学校にきちんと通って、修了認定されないと、将来生活できなくなるよと、たくさんの実例を出して説明することができれば、かなりの子どもは、学校が好きにならないまでも、復帰させる上では、有効な説得力をもつ。それがオランダのやり方なのである。
登校拒否とは
義務就学公務員の他に、ボランティア団体の活動も活発に行われている。
登校拒否schoolweigerin(直訳すれば「学校拒否」)のサイトをみてみよう。https://www.schoolweigering.nl/
サイトは、一般的な説明、チェックリスト、相談という内容になっているが、中心である相談は、もちろん公開されていないので、残念ながらわからない。ここでは前二者を紹介しよう。
登校拒否とはなにかについての説明がある。
誰でも学校にいく意味がわからない、試験がいやだという感情があり、2,3日登校しないことは、特別な問題ではないが、長期にわたると「登校拒否」となって、後々に影響がある。さぼりとは違う。さぼりは、登校していないことやどこに子どもが昼間いるのか、親も知らない状態をいい、登校拒否は、登校しないで家庭にいる。
登校拒否は、通常登校時間に身体的不調として現れる。頭痛、腹痛、不快感などだが、学校に行かなくて良いと親がいうと、それらの症状は消えてしまう。月曜日、試験の日、長期休暇、誰かとの別れ、転居のあとに生じやすいとされる。長期になると勉強についていけなくなったり、友人と関係がスムーズでなくなるり、その結果として、社会的に孤立したり、自信の喪失、学習意欲の低下などが起き、そして、最悪退学してしまう。
こうした生徒を、学校は報告する義務があるので、上記の義務就学公務員がやってきて、学校と対策を練り、復帰計画を作成、実行していく。もちろん、その過程で、状況を把握するために、担当者は調べる。この取り組みで、解決される場合が少なくないとしている。
日本でも、以前は「登校拒否」といっており、身体的異常が、朝登校しなければいけない時間に現れてくる、「行かなくていい」ことになると消える、ということは、同様に騒がれた。そこで、無理に行かせないほうがよいという社会的雰囲気になり、文科省も同様の指導をするようになった。登校拒否は不登校と呼び方が変わり、身体的異常などもいわれなくなった。オランダでは、どちらが適切な対応か別として、今でも「登校拒否」の対応を維持している。
チェックリスト
サイトは、子どもが学校にいきたがらなくなってときに、対応が必要な状況であるかのチェックリストを公開している。評価基準は開示されていないが、リストは以下のようなものである。
1 学校にいくことが、継続的な嫌悪感や拒否があるという意味で、通学が強い問題となっている。
2 学校にいくに際しての様子が、強い感情的な不安や緊張が生じている。この不安や緊張が、子どもが家にいてもよいとなると、次第に消えていく。
3 頭痛、腹痛、不快感などの身体的不調をいっている。この不調が、子どもが家庭にいてもよいとなると小さくなっていく。
4 子どもが、学校にいかないことを、親が充分に知っている。
5 子どもが学校にいかないことについて、親は無力であると感じている。
6 問題が、休暇の後、あるいは、病気で家にいたあとで、次第に起こっている。
7 問題が、家族、家庭や子どもの生活環境において、甚大な出来事のあとに生じている。
8 子どもが、親の一人と強固な結びつきがあり、その親と引き離されるトラブルに耐えられない。
9 子どもが一人の親が何かするときに、心配したり不安になったりする。
10 子どもが、就寝するのに困難がある。
11 子どもが、次第に元気がなくなったり、憂鬱になったりする。
12 他の子どもたちと交流すると、子どもが不安になる。
13 学校でいじめられている。
14 学校だけではなく、他のことも恐れている。
15 虚言、窃盗、暴力などに特徴的な反社会的な行動の問題がある。
このチェックリストで不安になった親が、サイトに相談する。
日本にも不登校の相談サイトは、いくつかあるようだが、オランダとは違った点をいくつか感じる。
オランダは義務教育制度の性格上、やはり、学校に復帰させることを、明確な目的としているか、日本のサイトでは、無理に学校に行かせることはない、そうすると返って悪化するというアドバイスが多い。オランダは、無料相談が多いように見えるが、日本は有料が多い印象だ。オランダはおそらくNPOの形をとって、公的支援を受けているのだろう。
不登校にまで至っていないが、学校に不安や恐怖を感じる子どももいる。そうした問題への対応を次に紹介する。(続く)