教育学ノート メーガン法とジェシカ法

メーガン法とジェシカ法をめぐる課題

 新潟で起きた小学生の女の子を、比較的近所の若い男性が殺害した事件をきっかけに、新潟県議会が、性犯罪者にGPS装置を装着して、周囲が警戒できるようにすべきであるという要望書を採択した。同じような要望書は、以前宮城県でも提案されたことがあるそうだが、国会で議論して、法律として決定しなければならないから、現在まだその要望は実現していない。
 この県議会の要望の採択をきっかけにして、私に某テレビ局の取材があり、その際、メーガン法とそれに関連するジェシカ法について調べたので、「子どもの安全をめぐる問題」として、整理しておくことにした。
 性犯罪者を危険度に応じて、社会的に公表する「メーガン法」の議論は、過去日本でも何度かおきた。最初は、神戸のサカキバラ事件、奈良で小学校の女子が殺害された事件、そして、サカキバラが少年院を退院したときが、社会的に議論された。しかし、日本の警察は、メーガン法に乗り気ではなく、警察がデータを保持しておけばよいとしたので、実現させるほどには議論が盛り上がることは、これまでなかった。新潟県議会の要望書採択も、大きな話題になったとはいえない。
 私は、講義でメーガン法をとりあげることがあるが、警察が採用しないという方針を示す前は、学生の多くは、メーガン法に賛成していたが、方針提示後は、だいたい半々となっている。権力による政策提示の影響力を感じてしまう。
 
メーガン法・ジェシカ法とは
 メーガン法とは、アメリカの1990年代に連邦と多くの州で成立した、性犯罪で有罪となって出所した者を、警察に登録させ、再犯の危険が高いと認定された者を、社会に公表するものである。当初は地域的な公表だったが、現在ではインターネットで、世界中で見ることができる。
 メーガン・カンカという女の子が、近所に越してきたばかりの性犯罪の前科者に殺害された事件をきっかけにしたもので、非常に短期間で州議会で採択され、クリントン大統領が連邦法を成立させたことで、全国に瞬く間に広まったのである。
 憲法修正条項の保障する権利に違反するのではないかという訴訟が、多数提起されたが、いずれも退けられ、合憲とされている。二重罰、刑罰の不遡及等に違反しないのは、情報公開は「刑罰」ではないという論理によっていた。
 メーガン法は効果があったのだろうか。
 メーガン法が施行されて間もない時期に、クリントン政府が効果を調査すると約束したが、結局調査はなされなかったのと、再犯率が低下するという統計も、明確には出ていないとされている。私がメーガン法をいろいろと調べていた時期(1990年代末から21世紀の初めころ)には、ホームページ上に、メーガン法を活用して、性犯罪者の犯罪を未然に防いだというような書き込み、特に警察の宣伝が目立ったし、他方で、間違えられて他人が暴行されたなどの、批判的情報などが多数あった。結局、メーガン法によって、性犯罪が減少したかどうかは、よくわかっていないのである。
 しかし、その内、単なる情報公開では不十分なのではないかという議論が、盛んに行われるようになる。写真をインターネットで見たとしても、それほど正確にわかるものではない一方、誤認などもある。公表された人物は、特定されると地域での嫌がらせを受けることが少なくないから、誤認は大きな被害を逆に生んでしまう。こうした欠陥を補うために、GPS装置をつけさせて犯罪を防ぐ案が提起されたのである。警察が中央で監視するとか、あるいは、当該人物が近づくと、なんらかの警報がなったりするようにセットしておけば、犯人に接触する危険性がなくなるというわけである。こうした方法を可能にするために、提案されたのが、ジェシカ法であり、2005年にフロリダの州法で成立したあと、連邦議会に提案されたが、審議されないまま、流れてしまった。したがって、現在ジェシカ法を成立させている州は、わずか10州程度である。
 フロリダで成立させた人物が連邦議会にも提案しているので、内容はだいたい同じで、12歳以下の少女への銃犯罪で、25年以上の刑に処せられた人に対して、出所後5年間、GPS装置をつける義務を課すものである。
 連邦法がもっていた内容は以下のようであった。
・すべての強制的な性的行為に対して、有罪の容疑者は、継続的な充分な期間の判決を受ける
・凶悪な性犯罪者は、最低25年の判決を務める
・凶悪な性犯罪者にGPSデバイスを装着するように要求する
・性犯罪者に、公園やがから2000フィート以内に済むことを近似、地方政府に、ウォーター・パークのような他の安全地域を設定する権限を与える
・地方の警察当局に、おとりとなることを許す。目的は、有罪の恐れのあるインターネットの攪乱者をおとり捜査によってつかまえることである。
・ドラッグの罪を犯している性犯罪者は、5年刑期を加える
http://www.majorinjurylaw.com/jessica-lunsford-act.htm
 
 では何故、ジェシカ法は連邦議会を通過しなかったのだろうか。メーガン法は、性犯罪者を公表するものであり、公表は刑罰ではないという理屈だったが、ジェシカ法は、GPS装置をつけさせるわけだから、「新たな刑罰ではない」と言い切ることは難しい。新たな刑罰であるとすると、二重罰の禁止に反することになる。憲法修正条項の人権規定に反する要素があるということである。

 メーガン法とジェシカ法では、性犯罪に対する基本的考えが異なる側面がある。(組み合わせることも可能である)
 メーガン法は、地域の人たちが、性犯罪者を認識して、警戒することによって、当人が再び犯罪を犯さないようにさせるものである。しかし、これは、当然弊害も伴う。不動産業者や勤め先に情報がいくので、住居を確保することが難しくなるし、また、雇われていても解雇される可能性が高く、仕事を見つけることも困難である。地域との交流もできない。これは、更に大きな犯罪を犯す集団に追いやる危険性があるわけである。
 これに対して、ジェシカ法は、情報公開を前提にしている場合も多いようだが、必ずしも情報公開は必要ではない。装着する機具が小さく、目立たないものになれば、まわりが気付くことなく、監視することも可能であろう。禁止区域を設けること、何か注意すべき状況になったときに、対応できる仕組みをつくっておけば、少なくとも、犯罪を犯さない限りにおいて、地域住民と交流することも可能であるし、また、住居や職業を手に入れて、普通に生活することも可能になる。
 ジェシカ法が実施されている国として、韓国が有名である。GPS措置をつけさせることで、韓国では劇的に性犯罪が減少したといわれている。しかし、装着した人が自殺したという事例もあるようだ。

 しかし、ジェシカ法がそのように機能して、効果があるとはいえ、いくつかの問題がある。
 機具や監視のための膨大なコスト。特に、24時間監視するとしたら、かなりの人員が必要となるはずである。監視のある部分をAIが代行できるとしても、事態への対応は、人が行う必要がある。
 法的な問題としては、事後的な二重罰にならないためには、判決そのものの中に、出所後の機具装着まで含める必要があり、そのための刑法の改定問題も生じるように思われる。
 また、基本的な問題として、初犯には対応できないこと、そして、性犯罪が行われる場が家庭がもっとも多いとされる問題、加害者・被害者が近親者であったり、その友人であったりする場合、GPSは役に立たないことになる。(もっとも、家族が被害にあって、出所後一緒に住む場合は少ないと考えれば、それほど大きな欠点とはいえない。)

こうした「対策」以外に必要なこと
 つまるところ、メーガン法やジェシカ法のような性犯罪の抑制策は、効果があったとしても限定的であり、弊害も小さくない。初犯にはまったく無力であるし、また、生理的欲望に駆り立てられた行為であるから、抑制するモラルと対処法、そして、結果に対する冷静な認識をもたせることが必要であり、これは、犯罪者だけではなく、学校教育などでも、必要に応じて取り入れていく必要がある。
・性犯罪者に対する教育プログラム
 アメリカの刑務所では、かなり行われているとされる。性犯罪に関する法的知識、どのような場合に犯しやすいかの理解、自分の行動をコントロールする手法に加えて、個別、集団のカウンセリングを繰り返す。
 残念ながら、日本ではこうした対応が可能になるような研究が、まだまだ遅れているので、専門家の養成も必要であろう。
・一般の人たちに対する教育(被害者、加害者にならないための教育)
 学校教育で、道徳教育、生活指導、法教育等で指導
 社会教育でも講座等
・子どもを守るための法的・社会的システムの整備
 子どもが被害にあうのは、日本では、登下校、特に下校時が多い。日本は、登下校時の安全管理の責任が明確ではない。欧米では比較的明確になっている。ヨーロッパでは、多くが「親」の責任であり、小さな子どもは、親が送迎することが多い。アメリカは設置者で、スクールバスを走らせるのはそのためである。日本は、「安全社会」であるという意識があるせいか、なんとなくあいまいで、交差点で安全対策をするボランティアなどが支えたり、PTAが人員をだしたり、あるいは、とくに下校時は、教員が途中まで付き添うなど、いろいろな形態がある。やはり、法的な責任を明確にしたうえで、必要な協力関係を構築するのでない限り、危険が見過ごされる場合が出てくるのではないだろうか。
・被害者への援助意識を高める
 日本は、性犯罪被害者が告発しても、告発自体を非難する雰囲気が、濃厚に残っている。告発自体が非難されたら、告発できなくなり、それは性犯罪者を実際上励ますことになる。性犯罪を助長していることになる。告発者を守って、虹被害を防ぐシステムと、国民の意識変革が必要である。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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