子どもが使うデジタル機器の是非は、多くの国で議論になっているし、また様々な対応がなされている。しかし、国によって問題とする仕方は微妙に違うようだ。2月14日に、フランスの新聞フィガロが、この問題で特集を組み、いろいろな側面から検討をしている。また、16日には、ドイツの Der Tagesspiegelという新聞が、スマホを通じて子どもがポルノにアクセスすることを問題にした記事を掲載している。そこで、これらの記事を参照しながら考えてみたい。
フィガロの記事を読んで、最初に驚いたのは、フランス語では écranという語が使われており、スクリーンや画面という意味だが、これが、スマホだけではなく、タブレット、テレビゲーム、テレビ、パソコンなどを総称して課題にしていることである。因みに日本の「対策」をインターネットで検索すると、ほとんどがスマホのフィルタリングに関するもので、しかも、企業のアプリの宣伝が大部分である。タブレットなどが問題となっている雰囲気ではないが、フランスでは、言葉の問題だけではなく、総体として話題になっている。(日本語で似た使い方をしている語としては、ディスプレイだろうか。しかし、 écranという言葉では、画面そのものではく、画面をもった機具を指しているので、ここでは、 écranをそのまま使用する。)
<脳への影響>フィガロ特集の巻頭は Enfants : les dangers de l’addiction aux écrans(子ども:écran常用の危険性)という記事で、身体的・精神的悪影響を扱っている。例えば、無関心、学習困難、トラブルの多発などである。保育園の責任者から、「あまり話さない、攻撃的になる、異常なほど受け身的である」との子どもの変化。学校の教師からは、「授業中にぼんやりしている、集中しない」などが指摘されているという。また別には、「グループに入ることができない、物を掴むことができない、本を読むことができない」などの指摘もある。そして、公教育省から、2010年から会話能力に問題をもつ子どもが94%、知識認識の問題をもつ子どもが24%増加しているという統計が公表され、こうした不安を増大させた。
しかし、これらがécranに過剰に接することによって生じているのかどうかは、少なくとも専門家にはあまり支持されていないようだ。むしろ、栄養不良の方が身体的・精神的な問題を生じさせやすいという指摘が紹介されている。フランスでは、以前から学力的に遅れている地区に対して、優先的に予算を加配するなどの措置をとっているか、それは逆に、貧困が大きな問題となっていることを示している。 この記事によると、この議論が混乱した原因のひとつに、ある研究者が、écranの使用が自閉症の原因となっている可能性があると指摘したことだという。さらに3つのdys( dyslexie, dysphasie(失語症), dyspraxie(統合行動傷害))も同様な議論の対象になったようだが、いずれも科学的根拠にも疑問が提示されている。しかし、他方、関係がないと断定するのも間違っているとの指摘も同時に紹介している。
écranが身体や精神(脳)に直接影響があるかどうかではなく、生活スタイルに影響を与えている点を中心に考察しているのが、 Des ateliers de réflexion pour les élèves(生徒のための考える場)という記事である。
今の大人が子どもだったころには、écranはテレビしかなかったが、今の子どもにはたくさんのécranがあり、それなしに生活できるのかという疑問を提起する大人の声からはいっている。écranに長時間接している子どもは、読書をしない、家族と一緒に会話をしなん、注意力が不足しているという問題を指摘する。
Téléphones et tablettes, ces « gâteaux pour le cerveau »(電話とタブレット、脳へのお菓子)という記事は、多少ことなる観点から同じ問題にアプローチしている。écranが脳への影響があると科学的に証明することはできていないが、しかし、よい行動へのマイナスの現れがはっきりしていると指摘する。特にテレビゲームなどは、楽しくのめり込んでしまう、これは、「脳へのお菓子」であり、人間はこういう甘いものに吸いよせられる。他方、学校の勉強は我慢強さが必要で、「脳へのお菓子」に慣れてしまうと、勉強への姿勢がどうしても弱くなる。楽しいビデオゲームと難しい勉強を選択させるのは、目の前にチョコレートとブロッコリーをおいて選ばせるようなものだという。ここで我慢させるのは親の姿勢だと指摘している。
さて、他方先進国でなければならないフランスとしては、デジタル・コンピテンツを育成することもまた急務であり、政府は、政策としては、タブレットを全員に配布するなどの提案を時折しているようだ。もっとも、それに対しては、今の予算では不可能だという醒めた見解も少なくない。
しかし、écranの過剰による問題があるとするなら、対策が必要であり、この記事で紹介されているのは、時間制限を取り入れるとか、あるいは宿題をしたら、*時間やってよいというような、親と子どもの約束を実行することだ。他方では、このような実行できない親の問題もあるが、ここでは触れていない。
ドイツの記事も少し紹介しておこう。 Vor aller Augen(すべての目のために)という記事だが、もっぱらポルノへのアクセスを問題として扱っている。 ほぼすべての子どもが、13歳までにメディアで性的な内容に接しており、60%の男子は自分からアクセスしている。そのほかはパーティや友人に見せられるのがきっかけである。男子の31%、女子の5%が週一度以上アクセスしており、10人に一人は、自分の裸の画像・映像の被害にあっている。
では、何が最初のきっかけなのか。それはスパムメールが最も多い。
どういう弊害が出ていると考えられるのか。裸像の被害に加えて、異性関係で限界を超えてしまう傾向が出てくること、健全な愛情という認識が崩れてしまうこと、セックスを機械的なことと認識してしまうこと、などが記事であげられている。
記事の最初に14歳までスマホを禁止すべきという議論が紹介されているが、あとのほうでは、それは事実上不可能であり、現実性がないとする意見が紹介されている。また、スマホがなくても、テレビや雑誌などで目に触れることも少なくないとする。
記事としての結論は、ポルノサイトのほうでログイン管理を徹底させるようにすること(法的規制などを前提としているのだろう。)アルコールや薬物の依存症と同じように、スマホ依存症を治療の対象とすることが提言され、また、交通教育や水泳教育と同じようなメディア教育が必要であるとしている。
整理しておこう。
第一の問題はやはり、「中毒的な依存」状況だろう。特に、子どものころは身体を動かし、心身の向上が大切で、スマホやパソコンの過剰で、運動をしないとしたら、全体的な成長にマイナスであることは確かである。これには、むしろ適切な使い方を、子どもも納得のいくように教えていくしかないように思われる。
それは第二の問題にも関わっており、つまり、今後の社会では、IT技術を向上させていくことは不可欠であり、そのためには、自由にITツールを使える状態にしておく必要がある。
第三に、様々な指摘されているマイナス要因、いじめの道具になるとか、ポルノへのアクセスなどは、やはり、そのような活用を制限する技術を適用させていくしかないだろう。 ITツールは、適切な使用されれば、もちろん大きな個人にとっても、また学級集団にとっても、有用であるから、教育活動にどのように活用していくかという方法の開拓が重要だろう。