近来稀な自民党の権力闘争

 自民党の総裁選から、総理大臣の選出、そして、その前後の石破茂氏の変容、これは、自民党支持ではない、まったくの傍観的立場でみていて、興味深い展開のように思われた。当事者たちは、生き残りをかけた闘いだろうから、必死だろうが。
 総裁選の優劣の変動がまず第一幕だったろう。当初は、小林鷹之氏か小泉進次郎氏が圧勝するだろうという予測だったことも興味をかきたてた。なにしろ二人とも40代であり、これまでの常識でいえば、立候補すらできないような経歴にみえたからだ。すくなくとも前回までは、派閥を背負って選ばれた人が自民党の総裁選に立候補した。だから、派閥の数よりずっと少ないし、また、大物感はたしかにあるひとたちが多かった。しかし、今回は最初に話題に昇ってきたのか、この若手二人であり、そして、当初は12名もの立候補があるのではないかと予想された。実際に、意思表明したひとはそれだけいたのである。そして、まずは小林鷹之氏の印象が薄くなり、小泉圧勝のような雰囲気に一時はなった。しかし、実際に立候補を表明した記者会見で、はやくもつまずく。抜粋をみただけだが、よくもまあ、こんな反感をかうようなことを、堂々と述べるものだ、と通常経験しないような感心をしてしまった。小泉氏の真意かどうかはわからないが、企業が労働者を解雇する自由を拡大しようなどということが、国民だけではなく、おそらく自民党支持層からも受け入れられるはずがない。既に、日本は、大リストラ時代を経ており、実態として解雇が不自由だとは、一般に思われていない。リストラと非正規の拡大という、企業の横暴としかいいようのないことを、そして、現在ではさすがに、保守的な人ですら、そんなことをいう人はあまりいないときに、これほど、あっけらかんと主張したのだから、びっくりしたというのが、多くの人の実感だったろう。その後小泉氏は軌道修正というか、「より丁寧」な説明を試みたようだが、最初の記者会見の、しかも冒頭で述べたことだから、最後まで、解雇自由の小泉、という印象がつきまとった。

 
 同感の人も多いだろうが、小泉氏の政治家としてのダメさは、環境大臣として、ニューヨークの国際会議に出席したときに、思い知らされた。ニューヨークについてすぐにビフテキを食べにでかけ、毎日でもビフテキが食べたいと、堂々と述べたのには、心底驚いた。環境問題に関心のある人であれば、牛肉が環境破壊の象徴的存在のひとつであることは、誰でも知っている。それを国際環境会議に、日本を代表して環境大臣としてやってきた矢先に、ビフテキを毎日食べたいと公言したのだから、何をかいわんやである。このことでわかるように、小泉氏の最大の弱点は、政策を知らないということだろう。政策を知らない人が、日本の総理大臣としてふさわしいとはとうていいえない。にもかかわらず、自民党の国会議員は、当初もっとも多く支持者がいたのである。
 しかし、さすがに、小泉氏の政策音痴ぶりは次第に強く意識されはじめて、石破氏が追い上げ、そして、その後は高市氏にも抜かれてしまった。
 そして、この二人の争いは、それまでの「選挙に勝つためには、誰が代表だと、自分や党にとって有利なのか」という、きわめて現実的、打算的な争いだったが、石破対高市になると、明かに、古典的な権力闘争的な側面が前面に出てきたように思われる。この二人の争いは、まずは、菅と麻生の争いであり、そして、さらに岸田が絡んだ、自民党内における権力を握るための闘いになってきた。かつて田中角栄と福田赳夫が熾烈な闘いをした歴史があるが、それは当人の闘いが主戦場だったが、今回は、候補者当人の闘いと、党内最大実力者となる者同士の闘いが重なったわけである。更に、一般党員のレベルでいえば、自民党の評判を深刻に悪化させた裏金問題の当事者と、自民党員としても裏金議員への批判をもたざるをえない者たち、そして、古くからの統一教会問題を抱えている者とそうでない者との対立が重なってくる。
 こうしたなかで、裏金問題と統一教会に批判的立場をとりうる人たちが支持した石破氏が、後ろ暗いひとたちが支持する高市氏をやぶったという結果になった。興味深いことは、高市氏自身は、私の知る限り、裏金問題と統一教会問題を抱えている当事者ではない。にもかかわらず、20名の推薦人のかなりの部分が、裏金議員であり、また、統一教会から支持をうけていた議員なのである。そういう意味では、高市氏が勝利したら、それこそ自民党は選挙で酷い目にあったに違いない。
 
 ところが、実際に石破総理大臣が誕生すると、石破支持の内部が複雑な抗争を避けられない状況になってきて、自分の公約を進めたい石破本人とその強固な支持者たち、そして、それではあまりに党内分裂を激化させてしまうとして、石破路線を緩和しようとするひとたちの抗争である。当初後者が優勢だったが、それにたいして起った国内世論の反発が、石破をおそらく奮い立たせて、部分的に当初からの方向を少しだけ出す(裏金議員の非公認)ことになり、これが、高市陣営にも多少の亀裂を生じさせたように、私には思われる。おそらく、高市陣営には、ふたつの異なった勢力があったのではないだろうか。ひとつは、高市氏の超保守的な立場を支持する層であり、ひとつは、裏金問題を無視するような立場を支持する層である。もちろん重なる人も多いだろうが、重ならないひとも少なくないに違いない。とすれば、裏金議員の非公認という石破氏の方向転換は、この高市陣営に複雑な亀裂を生じさせずにはおかないはずである。当初反石破勢力は、国会解散時期をめぐる石破氏の方針の揺れを批判しており、その時点では、高市氏をもちあげておけば済んだが、裏金議員の一部非公認という政策を石破氏が打ち出せば、裏金議員たちは、自分たちこそ自民党の評判をさげた張本人であるのに、文句をいうのかという批判に曝されることになり、また、高市陣営の裏金批判派のひとたちは、その点では石破に文句をいいずらくなる。
 そして、3人の長老たちには、大きな変化が生じているようにみえる。菅氏は、きわめて健康状態が悪く、とても権力者として力を発揮できる状態ではないという印象を国民に与えてしまった。そして、麻生氏は、高市氏に石破退陣を予期して、準備をしておけ、と発破をかけたとされる。しかし、本来麻生氏と高市氏は、真逆の政策的立場なのではないだろうか。今回、力の衰えを露呈したかっこうだから、麻生氏が復活するとは、私には思われない。最終的に石破総裁を実現するのに、大きな影響力を発揮した岸田氏と石破氏は、実は重要な経済政策が重なる部分が大きい。岸田氏は、あれだけの低空飛行を続けたのに、結局3年間の総裁任期をまっとうした。意外としぶといのだろう。
 今後、石破が今年中にも退陣し、高市総裁が誕生するかのような論調がみられるか、そんな単純な勢力関係ではないだろう。これからも、傍観者(自民非支持)としてではあるが、権力闘争の推移を注意深くみていきたい。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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