前に「美しいメロディー」をあげたが、その多くはオペラのアリアだった。西欧クラシック音楽の最も魅力的なメロディーはオペラにあるのは、オペラがしめている位置から当然のことなのだが、ただ、オペラの最大の魅力は、実はアリアではなく、重唱にある。名曲オペラの、音楽的に最も素晴らしい場面は、大抵アリアよりは、何人かがやりとりをする場面であることが多い。
今回は、そうした音楽的な魅力にあふれた重唱の場面を選んでみた。その条件として、更に、その場面で大きく筋が転回すること、そして、それが主に歌の内容になって起きることという条件で考えてみた。
歌以外の要素がはいって、筋が転回するというのは除いた。例えば、フィガロの結婚には、そうした場面が各幕ごとにある。一幕では、スザンナとケルビーノが話しているところに、伯爵がやってきて、みつかるとこまるケルビーノが大きなソファの後に隠れる。伯爵がうごくとそれにあわせてケルビーノが位置を変えるのだが、やがて見つかってしまう。伯爵はスザンナにいいよるところを見られてしまったので、ばつが悪いのだが、とにかくケルビーノを軍隊行きを命じる。二幕では、クローゼットに隠れていたケルビーノが、伯爵が鍵をとりにいったすきにスザンナといれかわり、ケルビーノは窓からとびおりてしまい、戻った伯爵の前にスザンナが現れるという、いずれも笑いを誘う場面があるのだが、(三幕にも四幕にもあるが省略)、この場合、椅子とクローゼットという道具がうまくつかわれていることで、筋が変化していく。
ここでは、そういうのではなく、あくまでも歌詞の内容が事態を動かしていくような場面をとりあげる。つまり、それは音楽だけの力が状況を変化させていくのであって、それだけ音楽が魅力的なのだということなのだ。
まず最初にヴェルディの「椿姫」の第二幕のビオレッタとジョルジョ・ジェルモンの二重唱をあげたい。
高級娼婦のビオレッタとアルフレードが、パリの郊外で生活を始めているのだが、そこにアルフレードの父ジェルモンがたずねてくる。(そのときアルフレードは不在)ジェルモンは、あなたのような人が息子と一緒にいるので、娘の結婚がうまく進まない。だから息子とわかれてくれというわけだ。そして、どうせ息子のお金で生活しているのだろうと罵る。しかし、実際には、ビオレッタの資産で生活していることを示し、そこは納得するのだが、男は移り気なものだから、どうせ長続きもしないだろう、などと、聞くに堪えないことで、とにかく、一時的にはわかれると承知するビオレッタに、永久にだ、と追い打ちをかける。
仕方なく、わかれることを約束せざるをえなくなり、最後には、かなしい思いで去った人がいることを忘れないでくれと懇願しておわる。そのあと、ビオレッタは、友人のパーティにでかけ、昔の生活に戻ってしまうが、そのあと、アルフレードがかえってきて、父親との対話になる。
youtubeには、丁度この部分をきりとった映像があった。ネトレプコとハンプソンの二重唱だが、大道具がほとんどない簡単な舞台なので、それだけ動作などが大きなものになっている演出で話題になった。
次はビゼー作曲の「カルメン」。 二幕ホセとカルメンの二重唱の場面だ。流れの理解が必要なので、幕開きからの説明になるが、まず酒場でのにぎやかな雰囲気で、ジプシーの踊りがあり、そこに人気闘牛士エスカミリオがやってきて、有名な闘牛士の歌をうたう。そのあと、密輸団の五重唱があり、カルメンを誘うが、今恋をしているので加われないとことわる。カルメンが残ったところに、カルメンを逃がした罪で営倉にいれられていたホセがやってくる。カルメンはホセのためにカスタネット片手に踊るが、帰営ラッパがなるので還ろうとするホセを、そんな浅い恋だったのかと罵る。そして、うたわれるのがオペラ史上最高の愛の歌ともいうべき「花の歌」である。そして、帰ろうとした矢先、ホセの上官が現れて、ホセを帰れというので、逆にホセは拒否し、密輸団が現れて上官は押さえつけられて、ホセは密輸団に加わる、というのが、二幕の筋である。そして、二重唱は、ホセが現れてから、上官が現れるまでだが、そこで音楽が中断するわけではない。この場面は、なんといってもクライバー指揮のウィーンフィルが最高だ。「花の歌」の拍手がすさまじい。市販のビデオだとさすがに一部カットされているが、NHK放映のときは、もっとずっと長かった。youtubeには全幕ものがあったので、それをリンクさせておきたい。二重唱の直前の五重唱もぜひきいてほしいが、それは1時間2分半あたりからである。私は、なんどきいてもこの五重唱はおもしろいと思わなかったが、クライバーの演奏をきいて、始めて素晴らしいと感じた。丁度一時間少し経過したあたりから五重唱がはじます。
2幕のみの映像があったのでこれもリンクをはっておく。
こちらがクライバー指揮。
次はモーツァルトの「コジ・ファン・トゥッテ 」二幕のフェランドとフィオルディリージの二重唱である。1950年くらいまでは、反道徳的な内容であるとして、あまり上演されなかったが、今では、人気オペラのひとつであるだけではなく、あらゆるオペラのなかの最高傑作であるという評価も少なくない。私もそう思っている。それは、史上最大の天才作曲家であったモーツァルトの、作曲技術が最高度に発揮されていると考えられるからである。内容は、ある意味たわいないものだが、他面では人間の心理をおそろしいまでに掘りさげ、それを音楽で表現してしまったともいえる。自分たちの愛は永遠だと信じているフェランドとグリエルモにたいして、恋心などすぐに変わってしまうものだという間に、その是非を確かめる賭が行われる。24時間以内に、恋人であるフィオルディリージとドラベラの心変わりをさせられるかどうかということだ。そして、軍人である二人は戦場にいったことにして、相手をチェンジしてせまるわけだ。最初はそうほうがとりあわないが、次第に心に変化がおきて、グリエルモにたいしてドラベラが陥落する。しかし、フィオルディリージは多少心が動きながら、グリエルモへの貞操をまもるために、軍服をきて戦場に行こうとする。そこに、フェランドがやってきて、刀を胸につきつけて、自分を殺してから行ってくれと懇願するなかで、ついに彼女も陥落するという場面である。音楽を聴けば、どんなやりとりがなされているかわかるだろう。
このオペラは、もうひとり女中のデスピーナを含めて、6人の歌手がほとんど平等に扱われて、多様な組み合わせてで重唱を歌う。そして、最初は冗談っぽく振る舞っているのに、少しずつ気持に変化がおきてくる、その過程の描き方がとにかく巧みなのである。そういうところが、最高傑作ということの根拠になっている。
以下の映像は、実は続き物で上の場面である。