「鬼平犯科帳」は、どの話もよくできていると思うが、なかには、部分的に不充分さ、不自然さを感じるものもある。そういう話をいろいろと考えてみよう。別に順位をつけるものではない。
前にも、同じ観点での紹介をしたので、そのときにあげたものはできるだけさけることにする。まずは「雨乞い庄右衛門」である。
庄右衛門は盗賊の頭だが、かなり深刻な病気になって、人生を一度は諦めたようだが、温泉につかってみようと考え、故郷に近い山里離れた温泉で3年間療養をした。すると、健康を回復したので、江戸にでて、最後の盗みをして、団を解散しようと考えていた。
ところが、その間に、若い手下たちが、離反しており、元気になって一人江戸にむかった庄右衛門と、手下の定七と市之助とが街道でばったりあい、迎えにきてくれたと喜んだ庄右衛門は、いっしょに江戸に向かうことになる。しかし、ふたりは庄右衛門を暗殺するためにでてきたので、夜、宿屋で襲う。しかし、偶然同じ宿に泊まっていた岸井左馬之助がそれを知り、助ける。そして、左馬之助が護衛のようなかたちで、いっしょに江戸に向かうが、途中で発作をぶり返し、そのまま庄右衛門は死んでしまう。しかし、その前に、彼を怪しんでいた左馬之助は、長谷川平蔵の友人であることをあかして、庄右衛門に最後の望みをかなえさせてやるともちかけ、仲間の情報をえる。そして、急ぎ平蔵に知らせて、全員逮捕するという結末だ。この結末には、さらに逸話がそえられており、お礼をしたいという平蔵に、なんでもよいという条件を認めさせ、平蔵愛用の名刀和泉守国貞を所望し、平蔵が恨めしげに名刀をわたす場面で終わる。
さて、どこが、この話のなかで、納得できないかというと、うえにはまったく書いていないが、最初の場面で、庄右衛門の妾であるお照と手下の伊太郎が、男女の営みをしているそして、そこに、庄右衛門の第一の子分である半兵衛がやってきて、お照を盗賊の掟違犯だとして、その場で殺害してしまうのである。伊太郎はその場は逃げているが、あとで、やはり殺されていたことがわかる。しかし、いつ、だれが殺したのかはわからない。半兵衛は、庄右衛門がもっとも信頼する片腕であるが、それでも、頭の妾を、頭になんの断りもなしに、殺害してしまうだろうか。それを知らない頭の庄右衛門は、最後の盗みをおえて、解散したら、お照を解放してやろうと思っているのである。
そして、左馬之助の知らせで、手下たちの逮捕に赴いた与力・同心たちは、定七たちが、逃走しようとしているところを捕縛し、さらに、半兵衛たちを逮捕しようとすると、半兵衛も殺害されていて、伊太郎やお照の死骸も発見する。
頭に反逆した中心人物である定七は、実は、ほんの少し前まで、庄右衛門の滞在する温泉で、ずっと庄右衛門の世話をしていた人物なのである。そして、いよいよ元気になったということで、庄右衛門が江戸にでるので、それを知らせに一足先に江戸にもどり、そして、市之助とふたりで、かたちのうえでは迎えにでかけたのである。ところが、実は、その段階ですでにふたりは、頭の暗殺を決めていた。
この経過がまったく不自然である。定七が、いつ頭に反攻する仲間になったのか。しかも、リーダー的ですらある。もし、かれが以前からそうなら、病床にあり、ほとんどもつまいと半兵衛ですら判断していたわけだから、温泉で完全には治っていない段階で、庄右衛門を殺害し、残念ながら息をひきとったと仲間たちに報告するほうが、ずっと手間取らない。
また、定七が、一端江戸にもどったときに、だれかに説得されて庄右衛門を裏切るほうに立場を変えたのだとすれば、リーダーになるのも変であるし、またあまりに簡単に裏切りが行われていることになる。庄右衛門の暗殺に失敗して、江戸にもどって、当然、長谷川平蔵の手がまわることを知っていたようなので急いで逃げようとするのだが、では、いつ半兵衛を殺害したのか。伊太郎はだれが殺害したのか。そうしたことが、まったく語られないまま、事件が解決してしまうのである。どうにも、生煮えの展開を見せられている感じなのだ。
さすがに、こうした不自然さは、ドラマ制作者も感じていたようで、盗賊たちの関係が変えられている。変更の大きさでも目立つほうだ。
伊太郎が、裏切り分子の親玉で、半兵衛はお照を殺せと迫るが、逆に伊太郎の手下たちに殺されてしまうという筋になっている。庄右衛門は裏切りをしって、江戸に向かうことになる。そして、定七らと闘って死ぬことなる。これはこれで、筋は通っているが、病気あがりの庄右衛門が、若い手下たちと切り合いなどできるはずもなく、そういう意味でもっと不自然な面もでてしまっている。ほとんど死の一歩手前まで病気が進んだのに、温泉につかっているとすっかり治癒するというのも、不自然であるし、手下たちの動きが、合理的に説明されていないのが残念だ。