大谷をトレードで獲得するとは考えにくい ドラフト・トレードを考える

 スポーツ関係のニュースでは、大谷のトレードが毎日話題になっている。大谷をトレードにださないのは、罪だ、というような論調の記事すらある。しかし、常識的に考えて、現時点で大谷をトレードで、ほんとうに獲得しようとする球団などあるのだろうか。藤浪のトレードはわかる。もともと、給料のやすいチームだから、トレードでも見返りがそれほど高い人材を求められるわけではない。そして、当初は、最悪の投手とまでいわれたのに、以外と実力がありそうだ、というような選手だから。もっとも、まだまだ不安な投手だと思うのだが。
 しかし、大谷の場合には、獲得するといっても、かなりの見返りが必要だが、今年のシーズンが終わったら、FAになるわけだ。そこで、他のチームを選ばれてしまったら、大量の見返りを放出してやっとトレードで獲得した大谷がいなくなってしまうわけだ。トレードは本人の意思とは無関係だから、生きたいチームにいくわけではない。しかし、FAは、自分が生きたいチームを選択することができる。つまり、トレードで獲得しようとしても、かなり大きな危険性をおかすことになる。少なくとも私がオーナーで、獲得するかどうかを決める権限をもっているとしたら、トレードは考えず、FAで獲得するために全力をつくすだろう。多くのチームの責任者は、同じように考えるのではないだろうか。騒いでいるひとたちは、多くがスポーツジャーナリストであって、経営者ではないだろう。
 しかし、トレードというのは、不思議なシステムだ。ドラフト、トレード、FAという3種類の選手獲得・移動の手段があるが、選手本人の意思が主体となるのは、FAだけで、ドラフトとトレードは、選手本人の意思は考慮されない。

 ドラフト制度が導入されるときには、選手の自由意思の余地がないのは、職業選択の自由に反するのではないか、という議論がかなりあった。最近はあまりみられないが、その問題が解決したわけではないと思われる。というのは、ドラフト制度のようなシステムを導入しているプロスポーツは、野球以外にあまり聞いたことがない。サッカーにはドラフト制度はない。基本的に自由契約だ。ドラフトが導入されたのは、私が記憶するかぎり、契約金が高騰し、野球チームの経営側が、なんとか契約金を抑えることができないかと考えた結果だった。選手が自由に選べれば、当然獲得競争がおき、人気選手は、契約金の高いチームを選ぶことは自然だから、必然的に高騰せざるをえない。しかし、ドラフトで所属チームを野球機構側で決めてしまえば、競争はおきない。そして、契約金や当初の年棒の最高額を決めてしまえば、その範囲内でおさめることができる。つまり、選手の自由意思を無視して、経営側の都合をおしつけたのがドラフト制度だ。
 アメリカで始まったもので、アメリカでも同じような事情があったが、アメリカでは、違う意図もあった。それは、チーム力の平均化である。アメリカのドラフトは、その年度の下位球団から指名していく。そうして、育成とかその後のトレード、FAで差をつけていくというスタイルである。日本ではチーム力の平均化という考えは、導入されたことがないし、おそらく考えてもいないのだろう。
 日本で考えると、とくにドラフトについては、ずいぶん方法が変化してきた。以前は逆使命などというのもあった。おそらく、権力を振るうことができた巨人が、どうしてもとりたい選手をほぼ確実に獲得できる手段として考えだされたのだろう。しかし、野球界における巨人の相対的力が落ちてきたためか、逆使命という制度はなくなった。おそらく、巨人がかつてのようなわがままをいえるような状況は、今後まず復活することはないだろう。巨人がいかに人気球団としての地位を失ってしまったかは、テレビなどのCMをみればわかる。現在のCMででてくる野球選手は、ほとんどがパリーグ関係だ。巨人は、いつからか、とにかく若手を育てるのではなく、他チームで育った人材を導入することが目立ってきた。そうなると、人気も落ちてくる。やはり、そのチームで育った選手が大活躍することが、チームの人気は向上する。しかし、それでも、戦力の平均化を図るという考えは採用されていない。
 
 トレードもやはり、選手の意思を無視している点で、私には違和感がある。サッカーのトレードは、本人の承諾が必要だということになっているようだ。FAはドラフト制度やトレードで選手の意思を無視している見返りとして、選手が自由に相手と交渉できるが、選手の意思を前提としているサッカーには、FA制度などは存在しない。
 こうした違いは、選手の育成方法による違いが影響していると考えられる。ヨーロッパはもちろん、日本でも、有力サッカーチームは、独自の下部組織をもっており、そこで若手選手を育成している。そして、その育成チームから、選手を採用していく。育成された選手たちだから、当初は高額の契約金など要求することはないだろう。もちろん育成費用がかかっているから、チームにとって安上がりとはいえないだろうが、育成に力をいれることで、チームも強くなる。他チームからの補強(トレード)などは、したがって、補強的な意味合いが強くなる。
 
 野球も、サッカー的なシステムに移行していくべきではないかと考える。個人の選択の自由を否定するシステムは、やはり、問題があるし、ドラフト制度などが成立するのは、一国主義的な運営だから可能といえる。
 ドラフト制度は、日本では、セリーグとパリーグの力関係を大きく変えたと思う。
 かつて「人気のセ、実力のパ」などといわれたが、現在では人気もパリーグのほうがもりあがっているようにも終え割れる。ドラフトが影響したと考えるのが自然だろう。別にパリーグが不正をしているわけではまったくないが、どういうわけか、ドラフトの目玉の選手は、多くがパリーグが獲得してきた。松坂、田中、大谷・・・
 また、パリーグのほうが選手が育ちやすいことも確かだ。DHの採用が大きいと思う。投手は投げることに専念でき、攻撃で打順がまわってきたら変えられる、ということもない。今日どういう仕事をするか、どの程度か、という見通しを建てやすい。DHがないと、やはり投手は二役をしなければならないが、打撃など、どうしても弱くなるので、変えられてしまう。だから、優秀な投手は、多くがパリーグだ。こういう状況はずっと続いてきた。そして、資金力のある巨人は、育てるというよりは、他チームの有力選手をFAで引き抜くことで戦力を保持しようとしてきたが、それもゆきづまりつつある。やはり、ドラフトやトレードも、個人の意思が尊重されるようにし、育成に力をいれるようにすべきであろう。若い選手の育成が、学校の部活に依存しているというのは、実に妙なことだ。
 
 大谷に戻ると、大谷の二刀流というのは、実は一と半刀流なのではないか。ほんものの二刀流は、投手ではないときには、野手として守る人なのではないかと思うのである。DHがあるから、二刀流といっても、多くの人の意識としては、野球選手は投手か野手であり、野手は守ることと打つことを両方やって一人前ではないだろうか。DHは打撃はよいが、守りが弱い人がなることが多いはずであり、そういう意味で半人前のような気がする。大谷が本当に二刀流をめざすのであれば、毎日ではなくても、やはり、野手として、たとえば右翼を守るべきではないだろうか。それを実は多くのファンはみたいのではないかと思うのだ。大谷は右翼の守備も、ショートも非常にうまいのだそうだ。
 ほんとうの二刀流に挑戦してもらいたいものだ。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です