前回までで4つのベストをあげたので、今回は最後の5つめだ。かなり迷ったのだが、「おかね新五郎」という作品を選ぶことにした。これは、盗賊団を相手にした物語ではなく、また、平蔵のあまり好ましからぬ過去が関係しているもので、なかなか考えさせるものがある。
おかねは、昔ながしの売春をしていた女だが、平蔵と同じ高杉道場に通っていた原口新五郎と互いに愛しあっており、子どもができたが、おかねのほうが、新五郎の迷惑になると思って身をひいてしまい、子どもができたことを新五郎が知らぬままだった。
あのとき、平蔵がおかねが行くのをみかけ、あとをつけていくと、おかねは弥助という人物をおいかけており、包丁で切りつける。とっさに平蔵も飛び出そうと思うが、実は平蔵をおってきた武士が切りつけたので、それで手間取ってしまい、浪人をきって、さすがのおかねも弥助に逆襲されかかっていたところを、平蔵が間一髪助ける。
ここで、ふたつの過去の話が語られる。
ひとつは、平蔵が若いころ無頼の徒として暴れていたときに、数人でおかねをてごめにしようとしたことがあり、平蔵は見張り役だったのだが、偶然新五郎がやってきて、みな逃げ出す。一緒だった彦十が平蔵をなじるが、あの武士が同門のひとだったことということで、治めてもらう。
もうひとつは、弥助が、おかねにちょっかいをだしたときに、おかねは、火箸で弥助の目をついて大怪我をさせる。そして、数年後、弥助は、偶然みつけたおかねの娘を殺害して、復讐したことをおかねにわざわざ知らせる。
こうした過去があったわけだ。そして、おかねをたすけた平蔵は、事情をきいて、おかねに感心し、殺された父親が、原口新五郎であることをおかねに白状させる。おかねはとうしても名前をいわなかったのだが、平蔵が新五郎ではないかと聞いたのである。
そして、平蔵は、新五郎を住まいに訪ね、おかねが新五郎の子どもを生んだが、弥助に殺されたことを知らせる。そして、網をはって、まっていたところに、弥助が現れたので、新五郎が、娘の敵討ちとして、弥助を斬ってすてる。その後、新五郎とおかねは、一緒に暮らすようになり、おかねは健康を取り戻す、という話だ。
この話は、ドラマもほとんど変更することなく制作されている。筋に無理がなく、清濁併せ呑むという感じの展開であり、最終的には、新五郎やおかねのひとがらが滲み出るような味わいがある。この「おかね新五郎」は、かなりあとの方(19巻)の話だが、ここまでで、平蔵は若いころにかなりきわどい悪事を働いていたことになっている。初期には、どんなに悪いことをしても、江戸城で重要なつとめをしている父に迷惑がかかるようなことは、決してしない、という気持ちは棄てていないことを書いているが、その後でてくる話は、そうでもない。親類筋から、「勘当しろ」などといわれたとも書かれている。「泥鰌の和助」事件では、盗みの一味にくわわって、寸前に説教されてやめたことになっていたり、最後の長編では、実際に盗みの手伝いをしたことになっている。そして、このおかねをてごめにする一味に加わっていたことは、かなりの悪事ともいえる。そして、原作では、その事実を、平蔵は新五郎に語ったことになっている。しかし、ドラマでは、その件は伏せたように受け取れた。しかし、小説でも語ったとのみ書かれているだけだ。
「鬼平犯科帳」には、不正な敵討ちの場面がいくつかでてくる。江戸時代は、敵討ちは制度として存在し、警察機能の肩代わりであると同時に、武士の場合には、とくに当主が殺害されたときには、嫡子は敵討ちが義務となり、遂行しないと家を継ぐことができなかった。しかし、原則的に、尊属の敵討ちは認められたが、それ以外は違法であったわけだ。「鬼平犯科帳」には、この違法な、尊属以外の敵討ちがけっこうあらわれ、平蔵がそれを助けてもいる。この新五郎の場合も、あったこともない娘の敵討ちを新五郎が実行し、何人かの平蔵の部下たちが駆り出されてもいる。ここらの処理は、歴史的背景としては、極めて不自然だが、弥助そのものは悪人だから、悪人逮捕を新五郎が助けたというような体裁をとったのだろうか。火付け盗賊改めは、「鬼平犯科帳」によれば、相手が手向かった場合には、切り捨てることも認められていたということなので、それが適応されたということだろう。事後手続は必要だったはずだから。
強さも弱さもあわせもつおかねが、とても魅力的な人物である。そして、新五郎も世捨て人のような生活をしているが、実はしっかりした人物であり、おそらく剣の達人なのだろう。
つぎはがっかりする話をとりあげてみたい。