鬼平犯科帳のベスト 2

 「お熊と茂平」についても、以前に書いたので、簡単にすると、この話の面白さは、平蔵の勘違いが、その後事実に変化していくことにある。
 茂平が臨終の場で、お熊に「自分の死を畳屋庄吉に知らせることと、お金を孫娘にわたす」ことを依頼するが、お熊はお金が57両という大金だったので、平蔵に知らせる。平蔵は、茂平が盗賊の一味で引き込みとして寺にはいっていたという勘違いをして、畳屋に対する警戒体制をとる。実際には、茂平は盗賊ではなく、畳屋の親類だったのだが、畳屋は実際に盗賊で、茂平のかわりに、寺にひとを紹介するということで、引き込みをいれてしまう。ここで、平蔵の錯覚が、現実に転化するわけである。そして、先手をうって、畳屋を逮捕してしまう。庄吉は、葬儀をするために、茂平の遺体をとりにきて、寺の様子を知り、そこで初めて、ここに押し入ったらどうかと思ったわけだ。

 結局、畳屋が唯一の親類で世話になっていた茂平に、自分の住居を教えていたのが、まずかった、盗賊は絶対に仲間以外に、個人情報を教えてはいけなかった、と畳屋が反省するところも面白い。この話では、70歳のお熊ばあさん、密偵たちの働きが、なかなかコミカルであり、また、茂平が3年前寺のまえで倒れていたのは、寺に入り込むための仮病だったのではないかと、平蔵が疑い、その調査をお熊にさせるなど、事態の進行が、とても自然で、そうあるべきだという風に進んでいく。そして、鬼平犯科帳全体として、唯一、捜査方針を与力・同心に、平蔵が問いかけて、議論の末決めるという方法が取られるなど、新機軸もある。
 やはり、これが、私としては、鬼平犯科帳のベストだと思う。
 
 3番目は「五年目の客」だ。
 この話は、引き込みの名人で、かつて粂八といっしょに仕事をしたことのある江口の音吉をたまたま、平蔵、左馬之助の3人で飲んだあと見つけ、追跡していく話と、お吉の人生とが、絡み合って進展するという、けっこう複雑な構成になっている。お吉は、5年前女郎をしており、音吉が客となったのだが、泥酔して寝込んでいる間に、音吉のお金から50両をとって逃げてしまう。そして、叔母夫婦といっしょに逃げ、叔母夫婦は鍛冶屋として成功するが、叔母が死んだあと、お吉は追い出される形で出てしまう。茶屋で働いているとき、旅館と高利貸しをしている丹波屋にみこまれて結婚する。その旅館に目をつけた音吉の頭が音吉を長期滞在させ、そこでお吉と再会するのだが、双方の誤解からふたりは逢い引きを重ねることになる。お吉は、音吉が身体で返せと迫ったと勘違いし、音吉はお吉が、浮気心で迫ってきたと勘違いをしている。音吉がお吉に会いに行く途中で、粂八に発見され、左馬之助の追跡で、丹波屋が狙われていることが察知され、警戒体制にはいることになる。何度も逢い引きを重ねるわけにはいかないので、ついにお吉は、音吉を殺害して、逃げるのだが、偶然音吉をつけてきて見張っていた平蔵が、その事件を処理し、間もなく盗賊がやってくることを予知して、張り込みをしているときに、事実押し込みがあり、全員捕縛される。
 後の取り調べで、お吉はすべてを白状するのだが、平蔵は、「おまえは夢を見ているのではないか、丹波屋の女将が殺したりするはずがない」といって許す。
 ことがらの進行には不自然さがなく、また、複数の話が次第に結合していくのも、無理がない。お吉が音吉を正確に思い出すが、音吉はまったく気がつかないのは、少々不自然ではあるが、当日音吉はぐでんぐでんに酔っており、またお吉は、当時病気もちで痩せており、5年後の今は、ふくよかになっているので、ありうるともいえる。お吉は50両を盗み、ひとり殺害もしているのだが、必死に生きていて、悪人という印象もない。音吉は、盗賊だが、なんとなく憎めない性格だ。
 
 あわせて、とても面白いのだが、どうしてもひっかかる点がある話をいくつか紹介したい。
 まず、「一本眉」だ。盗賊清洲の甚五郎一味が、準備万端盗みにはいることになっていたが、その前に別の盗賊がその店に押し入り、皆殺しにしてしまう。甚五郎の引き込みにはいっていたおみちが、便所にはいっていて難を逃れ、一味の話を盗み聞き、甚五郎にしらせる。おみちの情報から、甚五郎一味は、盗賊の居場所をつきとめ、襲撃して縛りつけた二人を残して、殺害。そして、この連中が、押し込みをした張本人だと平蔵に知らせる、という話だ。おみちが、たまたま逃れることができ、その情報によって、調べる過程などが、自然に描かれている。そして、木村忠吾が、甚五郎経営の居酒屋の常連で、甚五郎と親しくなっている、という複線が、事件の面白さを浮き立たせている。まったく、事件の進行とは無関係なのだが。忠吾は甚五郎に小遣いまでもらうしまつだ。
 非常によくできているが、ベストの候補にいれたくないのは、甚五郎が、最終的にあまりに正義の味方のようになっていることだ。まるで盗賊ではないような振る舞いになっている。甚五郎一味が襲った建物には、2千両の盗んだ金があったのだから、盗賊である以上、それを盗むのが当然だが、「成敗」で終了させている。
 実は、この話は、複数回(ひとつは、年に一度の特別編)ドラマ化されているのに、いずれも、他の話と結合されており、しかも、ほとんど「一本眉」の話は採用されていない。何故かわからないのだが、ドラマ化しにくいのだろうか。(つづく)

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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