リチャード・ボニング 評価されない指揮者だが

 国際的に活躍している、あるいはしていた指揮者は、ほとんどが熱烈なファンがいるものだが、リチャード・ボニングが好きだという人は、あまり聞かない。というか、まったく聞いたり、読んだりしたことがない。そして、CDの批評でも、ボニングの指揮を誉めたレビューはほとんどなく、指揮者がボニングでなければ、名盤になっていたのに、というようなレビューすらある。経歴をみても、オペラ指揮者ではあるが、有名オペラ劇場の音楽監督になったことはないようだ。しかし、オペラファンには名前はよく知られているし、また、CDの録音も多数ある。だから、レコード会社からは、有力指揮者として遇されていたことはまちがいない。
 では、なぜ、評価が低く、また人気があるとはいえないのか。そして、本当に実力のない指揮者だったのか。

 評価が低く、人気がなかったのは、録音のほとんどが、世紀の大歌手サザーランド出演の指揮者だったことと、それ以外の録音のほとんどがバレエ曲だったことではないかとおもわれる。バレエに関しては、スペシャリストともいえるようで、90歳を記念して、デッカからバレエ録音全集45枚CDが発売されているほどだ。しかし、オペラ劇場の公演で、バレエ公演は、指揮に関しては、一段低い評価しかあたえられていないようにおもわれる。いつだったか、日本のバレエ団の公演を録画したDVD(白鳥の湖)を購入してことがあるが、けっこう詳しい解説があるのに、指揮者のことをまったく触れていなかったので驚いたことがある。トップクラスの指揮者で、バレエを比較的日常的に指揮しているとおもわれるのは、ゲルギエフくらいではないだろうか。ゲルギエフの場合には、世界のバレエ劇場の中心のひとつであるマリンスキー劇場の音楽監督であるという事情もあるのだろう。バレンボイムは白鳥の湖の指揮をしているDVDがあるが、それだけだろう。やはり、オペラをふる指揮者よりは、バレエの指揮者は格落ちの感があるのは否めない。しかも、真偽はわからないが、ボニングは実際にバレエ公演を指揮したことがないというのだ。
 そして、オペラの指揮では、ほぼ必ずといっていいほど、サザーランドが主役を歌っているのだから、スターの妻を支える夫的な感じをあたえてしまうのである。そして、デッカとしては、もっと偉大な指揮者に担当してほしいのかも知れないが、おそらくサザーランドの意向もあるのだろうと想像できる。サザーランドが主演を歌っているオペラの全曲盤は、多くが推薦盤のような位置をしめているが、レビューをみても、先述したように、指揮のボニングを高く評価するものは稀である。
 
 では、ボニングの指揮はそんなに悪いのか。私は、パバロッティのオペラ全曲盤の全集をもっているので、そこにかなり多くのサザーランドとの共演盤があり、当然指揮者はボニングだ。だから、けっこうたくさん聴いているし、また、デッカの有名バレエの全曲や抜粋を集めたボックスもあるので、ボニングはけっこう聴いていると思う。そして、がっかりしたことはあまりない。そして、つぼを抑えるのがうまいと思うことが多い。そして、テンポの感覚が非常によいことに気づく。速すぎもせず、遅すぎもない。その音楽が求めているテンポという感じで、いつも演奏される。交響曲の場合には、あまり困難がないように思うが、オペラは、歌手の個性が強い場合、歌手が好き勝手にテンポを動かしたがることも多いし、また、ここぞと伸ばして喝采をねらう人もいる。そして、オペラは当然、テンポが動くことが多い。だから、いいテンポだなあ、と思わせる演奏は、それほど容易ではないはずだ。それでいて、歌手の緩急に適切に合わせている。
 しかし、それ以上の特徴があまり感じられないことも事実だ。カラヤンやクライバーのように、ドラマティックな場面を、それらしく盛り上げたり、甘美なところで、うっとりさせたり、というような芝居がかった表現をあまりとらない。同じように自然なテンポをとる演奏をするショルティが振ると、自ずと滲み出てくる「貫祿」のようなものを感じさせることもあまりない。したがって、大歌手たちが歌っているオペラ全曲盤で、やはり、歌手たちに注意が向いてしまい、指揮に注意が向きにくいのだ。実際にそのように指揮をしているのかも知れないのだが。
 あるべき枠のなかで、しっかりと歌手たちを支え、安定感をかもしだすような指揮をする。だから決して凡庸な指揮者ではないし、聴かせどころは、しっかり聴かせることもできる。
 
 だが、やはり、ボニングの功績は、サザーランドを育てたこと、そして、サザーランドを起用して、ベルカント・オペラを世に知らしめたことなのだろう。サザーランドは、当初ドラマティックなレパートリーももっていて、ショルティの指揮でヴェルディのレクイエムなども歌っている。当初はワーグナー歌手をめざしていたということだが、ボニングに出会ったことで、そして、ボニングのサジェスチョンで、コロラトーラ技術を磨き、ベルカント歌手として絶対的な存在になった。ボニングのベルカント復興に果たした役割は、アバドのロッシーニ復興よりも、大きな功績であるように思われる。そういう意味では、ボニングは偉大な指揮者にいれても、けっしておかしくはない。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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