「フェミニズム研究などに関わる大学教授ら4人がインターネット上で中傷を受けたとして、自民党の杉田水脈衆院議員を相手取った損害賠償訴訟の控訴審判決が30日、大阪高裁であり、原告側が一部勝訴した。(毎日新聞2023.5.30)」と報道された。従軍慰安婦に関して、捏造だ、ということと、科研費を不正に使用したという発言に対して、科研費をうけて研究をしていた研究者たちが、提訴したものだが、昨年、大阪地裁での判決があって、その一部修正判決ということであった。地裁判決では、原告の訴えをまったく認めず、完全に原告が敗訴して、控訴していたものだ。そして、報道によれば、控訴判決が修正した部分は、科研費を不正使用したという部分の名誉毀損を認めたことで、その部分に関して損害賠償を認めたものである。逆にいえば、研究内容に関して、非難、批判、誹謗中傷したと原告が考える部分については、「論評」の範囲であるとして、名誉毀損を認めなかった。この点については、原告は不満であり、かつ危険であるとしている。
「杉田水脈議員に賠償命令 原告「不法な行為、真摯に受け止めて」」
杉田議員については、今更コメントする気持ちもないが、こういう人が国会議員であることに、心底憂慮する。「論評の範囲」とされた発言についても、真摯に探求して、説得力ある論理を展開したものでないことは、明らかだろう。無責任なおしゃべりをまき散らしている類である。しかし、人物への誹謗中傷ではなく、ものごとの評価にかかわることについては、たとえ、それが無責任なものであっても、とりあえずは言論の自由の範疇で考えるしかない。反論するか、無視するか、いなすか。つまり、素人がいいかげんなことをいうな、というのは、真情として確かに共感できるが、素人だって、見識をもっている人はたくさんいるし、専門家よりも深く考えている人はいる。そして、いいかげんな専門家もたくさんいるのである。そこらの線引きを、裁判所などが行うべきではない。また、そうした線引き、発言や文章自体の内容を、間違ったものであると認定せよ、と求めることについては、私は賛成できないのである。結局は、歴史の判定が下ることではないだろうか。
それに対して、「科研費の不正使用」をしているというのは、よほどの根拠があっていうのでない限り、名誉毀損である。あきらかにそう考えざるをえないような不正行為があるならば、その指摘は公益性があるが、根拠もなしに、そうした指摘をすることは、いわれたほうにとってみれば、社会的地位を失う危険性すらあることだ。実際に、社会的地位を失うことはなくても、そうした危険性をもつ発言、文書を公表することだけで、名誉毀損を成立させる。しかも、刑事罰としても妥当することになっている。そして、刑事罰を阻却する事由として、正しい指摘であることが証明されるか、証明されないまでも、正しいと推測できる強い論拠があること、そして、その指摘が公益性をもつ場合ということだ。不正使用が真実であれば、公益性をもつといえるが、普段の杉田氏の発言姿勢をみれば、ごくごく軽い気持ちでいっているのだろう。科研費の不正使用というからには、かなりの根拠が必要である。緻密な調査をしての発言とは思えない。
地裁判決は、いかにも無責任な判決だった。それに対して、歴史的事例についての発言ではなく、研究費の不正使用というような、正確な根拠なしに軽々しくいうべきではないことについては、きちんと名誉毀損という判断をした高裁判決は、納得できるものである。言論の自由や名誉毀損というのは、相反する側面があり、難しい問題であるが、高裁判決は、詳細な検討はしたわけではないが、基本的に支持できる。フェミ研究者も、研究内容については、誹謗中傷されたからといって、安易に裁判の判断を求めるようなことには、慎重であるべきだ。近年、とくにリベラルといえるひとたちが、安易に裁判所(国家権力)に言論に関する裁定を求めることが多くなっているのは、リベラルの看板に反するのではないだろうか。危惧すべて傾向であると思っている。