WBC 事実は小説より奇なり

 NHKテレビの初期だと思うが、「私の秘密」という番組があった。いまでも、ときどき話題にでるような人気番組だった。ある人の珍しい経験を、回答者たちが質問をしながら、その経験をあてるという、一種のクイズ番組だったが、冒頭に、高橋啓三アナウンサーが、「事実は小説より奇なり、と申しまして」と必ず言うことになっていた。そういう言葉が、本当にあるのかわからないが、確かに、どんな作り事よりも珍しい、印象的な事実はあるものだ。
 今回のWBCは、まさしく、この言葉に相応しいドラマだった。ネットのコメントでも、「漫画のストーリーに、あのような場面を設定したら、あまりにリアリティがないからだめだと言われそう」というのが、多数あった。たしかに、いくらそういう場面が実現してほしいと思っても、実現しそうにない対決が実現してしまった。

 9回2死で、3-2で日本が勝っている。ピッチャーが大谷、バッターがトラウト。ホームランが出れば、勝負が振り出しに戻るし、アウトなら日本が勝利する。二人は、メジャー・リーグを代表する選手で、しかも、普段はチームメートだ。そして、カウントが3ボール・2ストライクにまでなった。
 そして、日本人の多くが望んだように、大谷のスライダーをトラウトが空振りして、三振、ゲームセット、日本の優勝が決定という、これ以上考えられない、スリリングな場面だった。画面でみると、トラウトは、一球一球、大きな深呼吸をしていた。相当緊張していたのだろう。
 
 あまり触れられていないが、大谷が、一球もインコースになげなかったことは、驚きもしたし、感心もした。間違ってぶつけたりしたら、メジャーリーグの宝であり、かつ同僚だ。だから、すべての投球が真ん中から、外だった。それでも、勝負できるという自信もあったのだろう。大谷のスポーツマンシップを強く感じた。
 大谷の速球に、トラウトは振り遅れていたように見えたし、最後のスライダーには、完全にあっていなかった。以前、「大谷は、あまりにえげつない球を投げるから、直接対決したくない」と語っていたと報道されたが、やはり本音だったのかもしれない。もちろん、全力を尽くして、打とうと思っただろうが。 
 ただ、初めての対決では、ピッチャーが圧倒的に有利なので、2度3度対決すれば、トラウトは大谷からホームランを打つに違いない。金田と長島の最初の対決は、長島が、4打席4三振だったのは、有名なことだが、2回目の対決では、長島は金田からヒットを打っている。クローザーとして登板したことも、大谷に有利だった面もあるだろう。
 
 他にも、村上の逆転サヨナラヒットなど、印象に残る場面も多々あったが、やはり、最後の場面は、野球史上に確実に残る対決だったことは、間違いない。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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