政府が、東京都内は一切の大学新設・増設・定員増を認めない方針であったのを変更して、デジタル関係のみ期限付きで認めることになったと報道されている。
「東京23区内の大学、デジタル系学部の定員増を容認…IT人材育成へ政府方針」
それには条件がついており、情報系学部・学科の定員増が対象で、一定期間後は元に戻す、地方の就職促進策を組み込むというものだ。
こうした大学の学部管理は、文科省がかなり強権的に行なっているもので、その評価は単純にはいかない。確かに、大学全入時代になって、入りたい大学・学部は偏りがあるから、人気のない大学は定員まで学生が集まらず、それが長期的に続けば倒産とならざるをえない。人気のない、つまり社会的に要請されていないと見なされる大学は、潰れたほうがよいという考えもありうる。時代の技術革新についていけず、あいかわらず安い労働力でしか対応できない企業は倒産して、技術革新をして力を増したところに吸収されるほうが、全体としての経済力は高まる、だから弱体企業を救うべきではない、という意見は少なくない。
しかし、目下のところ、文科省は、大学に対して、そうしたシビアな対応をとってこなかった。少子化の影響を最も強くうけて、学生が減少するのは、地方私立大学だろうか。他にも様々な不利な条件で、定員を満たせない大学が、今では少なくない状態である。
私が在職していたときには、大学の入学者数の管理を厳格にすることで、一部人気大学に学生が集中しないような政策を、文科省はとっていた。つまり、大学か補助金を受けるためには、定員管理が必要であり、時代によって変わるが、定員の1.3倍から1.2倍で長く推移したが、段々学生集めが厳しい大学が現れ、1.1倍、そして1.05倍にまで制限するようになった。定員割れはもちろん、定員の5%を超えたら、補助金をカットされるという仕組みだ。
大学の入学者数の決定は、当然、合格しても他大学に流れる受験生がいるから、定員よりも多くとるし、また、学生が多ければ収入も増えるので、大学としては、多くとりたいわけである。2割や3割増の範囲であれば、それほど難しくないが、5%となるとぴったりあわせるのは神業に近い。この5%制限が適用されるようになって、大抵1つの学部が超過して、助成金を削られるようになったと記憶している。もちろん、新しい学部を創設するなどということは、ほとんど認められる余地もなかった状態で、このような決定がなされたことをみなければならない。
ただし、この政策は、弱小私立大学にとっては、相当な援助となった。有名巨大大学が、入学者を15%も減らしてくれるのだから、その分が他大学に流れるわけである。それでも定員を満たせない大学は、いくつか廃校になったり、学部が消滅したりしたはずである。
少子化が顕著になり始めたころから、文科省は大学や学部の創設を厳しく制限するようになり、ときどきの社会状況で必要とされる分野のみ新設を認めてきた。情報学部や臨床心理学科が、一斉に新設されたのはそういう事情である。それに対して、要望があるにもかかわらず、新設が認められなかったのが、獣医学部で、加計問題が起きた理由のひとつが、こうした新設制限政策だった。加計学園に特別な配慮をしたのが、大きな問題だったが、文科省の増設政策にも問題があったのである。
文科省のこうした私立大学保護政策をとった理由には、私の邪推かも知れないが、文部官僚の天下り先の確保があった考えざるをえないのである。文科省の大学政策で、私学の経営が左右される以上、文科省とのパイプを強くもった人を、大学としては雇いたい。大学はキャリア官僚だけではなく、ノンキャリアの役人にとっても、また、文科省以外の官僚にとっても、「おいしい」天下り先なのである。だから、大学を潰したくないし、弱い大学があるのは都合がいいのである。
今回の措置は、デジタル分野の増強はこれまでも志向してきたから、特に新しいことではないが、条件に地方振興策をあげたことは、疑問を感じざるをえない。地方の大学が、地域に就職すれば、なんらかの優遇措置をとるというのはわかるが、東京23区の大学が、地方に就職するように促進することを、大学の施策にいれることは、奇異の感じがする。基本的に、就職は受け入れ側の促進策が求められるはである。
地方に受け入れ先がなければ、いくら優遇策をとっても応募者はでないだろうし、そういう優遇策を首都圏の大学が費用負担するのも理屈にあわない。
少なくとも、地方の大学の存立を支援するには、地方の大学の教育水準を向上させることなしに無理だが、その場合、大学単位で条件を向上させる必要はない。全国的な大学間連携を強化することで、地方にいても、IT教育を問題なく受けられるようにすれば、わざわざ上京しなくても済む。地元で教育を受けられれば、生活費の負担も軽い。特に。ITの教育は、全国どこでもオンライン教育で可能でなければ、そもそも分野としてもおかしいのである。
このことは、これまでに何度も書いてきたことだが、新しいことを加えると、文科省の「大学倒産を最大限防ぐ」という政策を改めることである。大学連携がしっかりしており、倒産した大学・学部の学生を、オンライン教育も含めて、受け入れる大学があれば、学生にとっては、絶対的な不利ではないし、また、教師のあり方もそれに伴って変化していけばよい。
時代に適合した新しい分野の設置は、文科省の大学温存政策の下では、どうしても歪んでしまう。基本的には、大学や研究機関に任せるべきではないのだろうか。また、企業が要請することがあってもよい。そして、その自由を保障するためには、社会の要請に応えることができず、学生が集まらない大学は、それが顕著な場合は、淘汰されても仕方がないといえるだろう。淘汰された大学の学生や教職員は、淘汰されない大学や機関が吸収していけばよい。そして、大学間がネットワークで結ばれ、相互に教育活動が共有されるようになれば、わざわざ新設することなしに、既存の優れた教育を活用する可能性もある。
これまでの私の文章からすると、ずいぶん変化しているとみられるかも知れないが、大学という専門教育機関については、義務教育や中等教育とは、異なった政策が必要だと思うのである。そのことは前から変わらない。